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木花神社 (きばな神社)


木花佐久夜姫(このはなさくやひめ)ゆかりの地



住所: 宮崎県宮崎市大字熊野
Map 木花神社 (きばな神社)の場所(めやす) (Mapion) GPS  N=31.49.28 E=131.26.03(めやす)
(注:神社近く坂の途中に数台分の駐車スペースがありました。)

[画像はクリックすると800pix幅に拡大します]

 木花神社 (きばな神社)

木花神社
木花佐久夜姫(このはなさくやひめ)物語の地が、宮崎県宮崎市の木花(きばな)である。
木花の地名自体、コノハナからとの一説もある。
天神迩迩芸命(ニニギノミコト)はこの地で国神大山津見神(オオヤマツミノカミ)の娘木花佐久夜姫(コノハナサクヤヒメ)をみそめられ結婚されたが、そのご懐妊について天神からあらぬ疑いをかけられた。
そこで姫はその疑いをはらし天神も御子である事を立証しようと、出産に当って戸の無い産屋を建てさせ粘土で塗りふさぎ火をかけて三皇子を次々にお産みになった。

その火の真盛りにお生まれになった御子は火照命(ホデリノミコト)、次の子は火須勢理命
(ホスセリノミコト)、火が衰え鎮まる時に火遠理の命またの名を日子穂穂手見命(ヒコホホデノミコト)が生まれ給うた。このご兄弟の神々は神話にある山幸彦海幸彦で、弟の山幸彦(日子穂穂手見命)は、兄神の釣針を探しに海津国に行き、海神の娘豊玉姫を妃にして帰られた。
青島神社(ここより5km程のところにある)は日子穂穂手見命、豊玉姫のご夫婦神を、その子、鵜葦草葦不合命(ウガヤフキアエズノミコト)は鵜戸神宮に、その御子、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイハレヒコノミコト)=神武天皇は宮崎神宮にお祀りされている。尚海幸彦は北郷町の潮嶽神社に祀られている。

古事記にはこの三代の神の系譜を日向三代といっている。  解りやすく系図にしたもの→ 日向神話神々の系図

霊泉桜川

霊泉桜川
木花神社の御祭神木花佐久夜姫が三皇子を出産された時産湯に使ったとされる伝えがある霊泉である。
藩政時代は飫肥藩主伊藤氏が木花神社参拝の折は必ず愛飲し、地元住民もまた飲料水として保存して来たが近年湧泉量減少したのは惜
しいことである。
霊泉桜川2
霊泉桜川の伝説

昔この泉のほとりに貧しい夫婦ものがいた。
その桜木(子ども)はそれを見かね自ら人買に身を売り金を家に残して人買に連れ去られた。
母はそれを嘆き悲しみ我が子を探し求めて旅に出、3年後の後、常陸の国桜川で今は僧になった桜子にめぐり合い母子ともにこの地に帰り幸福に暮らしたという。
桜子は木花佐久夜姫命に祈願して授かった申し子であったのでご神霊の加護によって我子を探し当てたのであると伝えている。
この伝説は謡曲「桜川」となりこの地に語り伝えられ世に知られている。 平成5年月木花区会


無戸室(うつむろ)

無戸室
産屋は戸をすべてふさいでしまった事から無戸室(うつむろ)と呼ばれ、その跡とされるものがある。



何故か桃色の手すりに思わず笑みが・やはり女性の神様だから?境内はしばらく人が訪れた様子もなく ひっそりとしていました・・
木花神社へ昇る階段 木花神社境内

このWebページ作成にあたり参考にした資料 現地説明板 木花区会作成

尚一部加筆等の変更、木花咲耶姫 は 木花佐久夜姫におきかえ統一しました。ページ内の統一の為で他意はありません。

尚、古事記では木花之佐久夜毘売日本書紀では木花之開耶姫と表記するようです。
また、古事記では神阿多都比売(カムアタツヒメ)、日本書紀では鹿葦津姫または葦津姫(カヤツヒメ)が本名で、コノハナノサクヤビメは別名としている。

実は西都原古墳のある西都市にも 木花佐久夜姫(このはなさくやひめ)ゆかりの地、同じようなところがあります。
妻町、現在の西都市の都萬神社(つま神社)です。 記紀の道も参照してください。 参考リンク→ コノハナ伝承と都万神社

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木花神社 (きばな神社)


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