Sep.1, 2000
「急な話なんですけど、9/25をもちまして、退職することになりました。」
今までお世話になった一人一人に数分の時間をとってパーティションに来てもらい、告白する。
ある人は、ウワサではきいてたけど、と言い、ある人は、驚きを隠さず、ある人は、ついにこの瞬間が来たんだね、という顔をする。
俺の話を聴き始めるときの反応は人それぞれだけど、俺の話を聴き終わるとき、みんな、「良い選択をしたね〜」と言ってくれる。「おめでとう」と言ってくれる。「うらやましいなぁ」とも。「どうして会社を辞めちゃうの?」なんて後ろ向きのセリフを口に出す人は、いない。
自分が会計に関する仕事に就きたいと思っていたこと。そしてそのために努力を続けてきたこと。それを知ってた人にも、知らなかった人にも、俺はあらためて次の仕事に対する想いを語る。自分が素顔に戻る瞬間。だって、今まで、「俺は会計の仕事がしてぇ!」なんて、大きな声では言えなかったもん。会社の自分に対する期待は別のところにあり、でも自分は自分でこの想いを譲れず、そのギャップの中で苦しみつづけた自分。皆が仕事に対して何らかの不満を抱える中で、自分だけが奔放にわがままを言うなんてことはしたくなかった。だから俺は、内面にそんなストレスを抱えたまま、日中は型通りの仕事をし、業務時間外の時間で、自分を鍛え続けた。
終業のチャイムとともに一人で帰ることの多かった俺のことを快く思わない人だって当然いただろう。特に最後の一年はつきあいの酒をほとんどしなかった。そんな俺を、心のないヤツと思ってた人だって、いただろう。でも、周りの目にかまってはいられなかった。「今はあなた方と話せない。なぜなら、今自分の口から出るのは、仕事への不満、自分に合わない仕事をしている自分への不満しかないから。いつかきっと、自分に素直な気持ちになって自分のことを話せる時が来る。だから、それまで待って。今は、ごめんなさい。」心の中で、そんなつぶやきをいつもしていた。とても苦しかった。
合格発表こそまだだけど(というか合否は分からないけど)、清々しい気持ちで1000日間に渡る闘いを終え、自分で見つけた次なる仕事へ移りつつある今、自分が素顔に戻って話ができる瞬間がやってきたことを感じる。
「そこまで自分を貫き通したお前は偉いよ。」「後悔しないように、チャンスが来たと思ったら飛び込んだ方がいいよ。」今まで自分を快く思ってないのでは?と思ってた人からさえそんな言葉をいただく。自分がホンネで語るとき、相手もホンネで話をしてくれることを、今さらながら、感じる。自分が素直になれるから、こんなに心と心が通じ合うんだね。
ほんの1ヶ月半前の自分には、何もなかった。心に余裕のないただの受験生だった。それが今、実務経験を積むチャンスを得た一人の男になった。形として残るものを、得ることができた(これに合格が加わってくれれば言うことないんだけどね!)。まさに、ゼロが1になる瞬間。実現主義における収益認識の瞬間。でも、その「実現」は突如としてやってきたものではない。あの時悩みもがき、そして挑戦を始め、自分で定めた期日の最後まで挑戦し続けたそんな日々があったからこそ、今までの積み重ねが目に見えるものとして表れたに過ぎない。
3年前の自分だったら、いや、1年前の自分でさえ決して挑戦することをしなかったであろう、このチャンス(一方で責任重大すぎる仕事)。そんなチャンス、厳しさに立ち向かってやろうと思えるのは、1000日間闘い抜いた自分がいるから。
この日々、ムダにはならなかったね。時の重さを感じるよ。本当に、今の俺は幸せだ。
数年後、今と同じような幸せを感じたい。だから、これからも、たとえ目には見えずとも一日一日進歩し続ける自分でありたい。
By MORI-P(morip@mb.infoweb.ne.jp)