Nov.25, 2000
なんとか最初の決算(中間決算)を乗り越えました!
11月になってからは、日曜日以外は電車で帰れることがなかった、という生活。考えてみればヒドイ生活なのかもしれないけど、そんな生活さえ楽しんでいられた気がするな。
もともとこういう生活は予想していたから覚悟していたし、自ら選んだ環境で自ら選んだ仕事ができる喜びが大きかったし、1年中こんな生活をするわけじゃなくて決算まで、ということが分かっていた。だから、とても眠かったけど、この生活自体少しも苦だと感じたことはなかったな。
とはいえ、これからも決算期ごとにこんな生活になるかと思うと、少しブルー。最初に迎える決算だった今回こそトキメキを感じながら仕事ができたけど、こんなの、何度も何度も経験するもんじゃないよな。だからこそ、次までに充分な準備をして、少しでも楽に決算時期を過ごしたい。決算が終わったこれからこそ、たくさんのことをやっておかねば。
それにしても、決算発表やアナリスト説明会で、自分たちのまとめた数字を使って社長が話しているのを聞くと、なんか嬉しくなる。自分たちのまとめた数字が新聞に出るのを見ると、嬉しくなる。自分たちの仕事は、決して会社に直接的な利益をもたらすものではないけど、自分たちの仕事によって会社の姿を世間に知ってもらい、それが資金調達を可能にし、新たな投資、そして新たな成長を可能にする。前の会社で仕事をしていた頃は、自分の仕事って、会社にとって、世の中にとって、どのような意義があるんだろう、なんていう疑問をいつも感じていたけど、ここに移ってきて、会社のいわば中枢で、様々な情報が飛び交う中で、自分のする仕事の意義を感じながら毎日を過ごすことができることを、とても幸せに感じる。
なーんて。
さぞかし充実感でいっぱいの気分のような文章を書いてしまったけど、それ以上に、今、自分の無力さを感じていたりする。たしかに、連結決算のチームとしては新しいメンバーばかりの中で決算を乗り越える、という目標を達成した。自分も自分で、その一員として、初めて経験する決算というものを乗り越える、という最低限の目標を達成することは達成した。毎日少しずつだけど、いろんなことを経験できたし、ま、実務経験なしの人間にしてみりゃ、そこそこやれた。そして、そこそこやれたのは、会計士試験合格レベルまで勉強してきた自分がいたから、ということかもしれない。だけど、特に切羽詰っていた最後の方は、考えながら作業をする、ということを怠ってしまったし(知的体力が、足りんのだ!)、もっと全体の業務の流れを経験すべきところ、どうしても自分の担当のところだけに頭がいっぱいになってしまった。もっと積極的に仕事の各場面に絡んでいけば、得られるものももっと多かっただろうに。少しオーバーな表現をすれば、自分がほんの一部分のことに必死になっている間に、いつのまにか財務諸表はできあがっていた、という感じだよ。
毎日、自分の足りなさを実感することばかり。会計知識や経験はもちろん、ビジネス上のコミュニケーション能力も、英語力も、なにもかも、足りない。足りない。足りない。足りなさ過ぎる。
今回は最低限ネコの手となる、というその最低限のことはできたのだろうけど、それ以上のことは何一つできなかった。ちくしょー。悔しい。悔しい。悔しい。悔しすぎる。
歳がさほど変わるわけではない統括の先輩に、過大な負荷をかけてしまったこと、それも悔しい。次回、先輩に少しでも楽になってもらえるよう、もっとしっかりした自分でいたい。そのためにやるべきことの多さに身震いがする(恐くて震えているだけかもしれない)。ともかく、「自分のやるべきこと」のほとんどのことが「自分のやりたいこと」であることは、嬉しいことだよね。
会計士受験生だった頃、理想とあまりにもかけ離れた自分であり、理想とあまりにもかけ離れた環境でもあり、とにかく、先は見えなくても少しでも理想に近づくべく勉強をし続けるしかなかった。
今、理想とあまりにもかけ離れた自分であることには変わりはないけれど、理想に近づける環境に飛びこむことができ、理想に近づく道筋だけはおぼろげながら、見えてきた。あんな風になりたい!と思える遠い目標たる先輩と毎日間近に接することができる。
会計士受験という一つの山を越えて、次の山が見えてきた。今の環境で、先を見据えながら目の前の一歩一歩を大切にしていけば、きっと大きな宝物に出会える。でも、それは、無知の自分との巡り会い、無知の自分を認識する辛さとの闘い。ここから逃げちゃ、いけないよ。
By MORI-P(morip@mb.infoweb.ne.jp)