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社会復帰後

■退院から3ヶ月後の仕事へ復帰
入院から約1年、退院から3ヶ月後、仕事へ復帰することになりました。緊張と不安を抱えての出勤でしたが、同僚が快く歓迎してくれたことに心からホッとし復帰出来たことがうれしかった。しかし、会社内部はさまざまな面で変わっており、その変わり様の中で自分の居場所がないことに気付くのに、そう時間はかからなかった。

まず、上司から今ままでの業務から一線を引きなさいとのこと。それは私の病気や体力的なことを考慮し、負担のかからない仕事へという配慮からでしたが、その通告は有り難いような寂しいような複雑な気持ちでした。とはいえ、復帰したばかりで体力面に自信がなかったことから、この言葉に甘えさせていただき、これが現実なんだということを改めて再認識しました。

復帰してから1ヶ月後、自分が望んでいる業務ではありませんでしたが、どうにかこうにか体力的にも自信が付き始め、これならなんとかやっていけそうだ! という感触を持つ事が出来ました。ところが復帰3ヶ月目頃から仕事が忙しくなり、人手が足りないということから、入院前と同じ仕事をするようになりました。仕事内容や体勢自体が多少変わったものの、やはり自分が望んでいた仕事が出来るうれしさは格別でした。とは裏腹に体力的な面では大丈夫だろうかと不安を感じていました。

復帰後は疲れを明日に持ち越さないようにする・睡眠をとる・バランスの良い食事をするなど日常生活の体調管理に気を付けていました。しかし、仕事が忙しくなると、どうしても食事が不規則となり体調のバランスを崩し、疲れがとれないなーという状態の時もありました。

日常生活の体調管理以外にネックになったことは定期的な外来検診です。外来検診は必ず受けなければならなず、丸1日有給を取ったり、午前中だけ有給をとり午後から出社、または午前中は出社、午後から有給を取るなど、その時の仕事の状態で有給を使い分けてとっていました。 幸いにも有給休暇は自由に取ることが出来る環境でしたが、毎月の検診に加え、三ヶ月ごとの免疫抑制剤治療が重なったときなど、忙しい仕事の中で有給をとることに対して非常に負い目に感じていました。更に有給を取った分、その仕事の穴埋めをどこかで補わなければならず、結局は無理をしてしまうという悪循環となっていました。

とはいえ、会社に復帰でき、仕事ができるようになったことは、いろいろな意味で自信へとなり、このままの状態であれば、仕事を続けることは可能だと確信を得るようになっていました。

ところがところが……病状が一変してしまったのです。経緯に関してはこちら(100の方法の[冷えと寒さ/[002]スキーでこりごり]をご覧下さい。
症状が初期状態の時は、指先に傷テープを貼り、その上から指先サックなどして対処できたのですが、症状はアッという間に悪化してしまいました。なんとかして指先を保護し仕事を続けようと必死になりました。 指先にスポンジを付ける・包帯をする・綿の指サックを3重にしてみる・指サックの上から更に絆創膏をしてみるなどなど…。少しでも痛みを和らげるためにさまざまなことを試みました。その中で「指に包帯をし、綿の指サックを付ける」方法が一番痛みを和らげてくれました。

しかし、この状態ではスムーズに仕事をすることができなかったのです。 指先が膨らんでしまい、キーボードを素早く打つことが出来ない・打ち間違いをしてしまうのです。そうなると仕事の効率が悪く、仕事に支障をきたすようになってきたのです。最終的にはどうしょうもなくなり、軽く指先を保護するだけにし、痛みをひたすら我慢し仕事をしていました。

そうこうしている内に、症状は更に悪化し、痛みで眠れない日々が続き体調が崩れだしていきました。その頃、体調不調から泌尿器科で検査をすることとなり、検査の結果、尿道に腫瘍があり、悪性か良性かを調べることとなったのです。

最終的に、この予想だにしていない思わぬ検査結果が退職を決めるきっかけとなりましたが、痛みを我慢することに疲れ果てていた私にとって、今が会社を退職する時期だと思いました。
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