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【発病〜再発まで】
発病前の生活 | 初期症状 | 病名宣告 | 通院治療 | 再発

■発病前の生活状況
仕事: 仕事が忙しくなり、残業が続く日々を過ごしていました。それに加え、いろいろな面で精神的重圧を感じることが多くなっていたように思います。

食生活: 朝食抜き、昼・夜もほとんどが外食ですませることが多くなっていました。

体調: 身体の疲れやだるさを感じるようになった頃は、ドリンク剤やビタミン剤を服用することが多くなりました。しまいには会社近くの内科で点滴治療をしながら仕事をしていました。

全体的にいつも身体がだるく、這うようにして会社へ行っていました。休日は横になっていることが多かったのですが、少し体調が良くなった時などは、ドライブや買い物に出かけていました。その外出した時は全く紫外線を気にしていませんでした。というより、いつも会社の中にいて、日光にあたることが少なかったので、積極的に日差しを受けていました。
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■発病時の初期症状(発病1992年6月)
1.疲れやすく、身体のだるさが続く。
2.食欲がなくなり、食べる気力も衰える。
3.熟睡した感じがなくなる。
4.髪の毛が抜けだす。(シャンプーの時や枕カバーについた抜け毛の量に驚く)
5.微熱が続く。(平熱が35度5分くらいなので、37度以上になると、いっそう身体がだるくなる)
6.指先・手首・肘・肩などの関節に痛みがでる。
7.両足がむくむ。(大根のようにむくんだ足に驚く)
8.左腕が上がらなくなる。
9.頭・腕・足に少しだけ発疹ができる。
10.寝返りができなくなる。
初期症状の特徴として、全体的な症状は午前中に集中し、午後から落ちつく感じがありました。特に微熱は午後からは平熱になり、夜から翌日にかけて熱が上がりだすといった具合です。関節の痛みは一カ所にとどまらず、短日時で移動しました。
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■病名宣告
身体のだるさとともに、微熱が続くようになりました。近所の内科病院で処方された風邪薬を服用し安静にしていたものの、一向に回復の兆しはありませんでした。次第に関節痛やむくみなどの症状もでるようになり、とうとう熱が39度まで上がり、しまいには上半身が自分の身体ではないようになり、寝返りを打とうにも心とは裏腹に身体がいうことを聞いてくれない状態になりました。そんなこんなでアッという間に一人では起きあがることさえもままならない状態となり夜間救急病院へ連れていってもらいました。

救急病院では「風邪の症状に似ているが、風邪にはみられない症状がある」とのことから、なるべく早めに大きな病院での精密検査を受けることを勧められました。 私自身、今までにない体調の悪さに不安を感じ、さっそく次の日、某民間病院へ行き精密検査を受けたのです。

2週間後の検査結果は「とても言いにくいのですが、膠原病の中の全身性エリテマトーデスという難病です。」と告げられました。はじめて聞いた病名にもう一度聞き返し「へぇ〜、そんな病気があるんだなぁー」「なんだか口が回らない病名だな」とか思いながら人ごとのように頷ていました。そして、家路に着くまでの間、「難病」という言葉が頭の中をグルグルかけめぐっていましたが、全くと言っていいほど実感も動揺もありませんでした。

なにはともれ、とにかく今までの体調の悪さの原因がわかり病名もはっきりして良かったと思いました。また、病状も軽く通院治療でも大丈夫という主治医の言葉に「あ〜会社に迷惑がかからなくて良かった」なんて思っていました。私にとって「難病」ということはどうでもよかったし、気にしていなかったんですよね。
今回、病気を発見することが出来たのは、体調が悪かったこともありますが、夜間救急病院で担当医に精密検査を勧められたことがきっかけとなりました。この場を借りてお礼申し上げます。
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■通院治療
治療はプレドニン薬25mg/1日からの服用となりました。プレドニン薬服用一週間後には、今までの諸症状がウソのように落ちつき「私は本当に病気なんだろうか…」と思うほど体調が回復しました。プレドニン薬を服用後の体調変化は食欲が増し、間食をするようになったことです。次第に顔がふっくらし、ムーンフェースの症状もでてきました。
発病当初は自分なりに日常生活に気を付けていたのですが、アッという間に体調が回復したことや、月1度の診察で病状は安定していると言われていたことから、とにかくプレドニン薬を服用していれば大丈夫! と思い込んでいました。そして、徐々に病気に対する注意力がなくなり、病気の要因とされていることに関しては、ほとんど無頓着な状態になりました。しまいには発病時と同じような不規則な生活を送るようになっていました。

通院8ヶ月後にはプレドニン薬を5mg/1日まで減量できました。この頃から、また発病時のような身体のだるさを感じるようになっていました。「変だなぁ〜」と思いながらも、月1度の診察では毎回毎回『病状は良くなっている』と言われ、通院治療をしているのだから大丈夫! という自分勝手な思い込みをして体調の悪さを気にしないようにしていました。
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■再発(発病から1年後の1993年6月)
発病から1年を迎えようとしていた頃、突然、主治医が変わり、後任の先生から「私は循環器科が専門なので、膠原病専門の病院に行かれてはどうですか」と勧められ、某大学病院での再検査となりました。

検査結果は「病状はきわめて悪く、入院が必要です」という言葉に耳を疑い、さらに追い打ちをかけるように「最低3ヶ月の入院が必要です」「それも、即入院しなければなりませんよ」「補体値というのありますが、はほとんど0の状態ですよ」「そんな身体でよく仕事をしていましたね」と次々に発さられる思いもよらない言葉にショックで、一時的に頭の中がパニック状態になってしまいました。

民間病院では「病状は良くなっている」と言われ、その言葉をずっと信じ続けていただけに、まさかこのような病状になっているとは思ってもいませんでした。「今まで通院治療していたことは、なんだったのだろう」「どうして? どうしてこんなことになったんだろう?」という思いをかき消すことが出来きませんでした。このやりきれない気持ちをどこにぶつけてよいのか、ただただ呆然となってしまいました。

発病から再発に至るまでを振返り感じたことは、自分のことは人任せ(ドクター任せ)にしてはいけないという思いが強くなりました。病気を理解し、自分なりに納得のいく治療を心がけなければならないんだと…。それには発病の要因と考えられているものに対しては、できるだけ注意した生活を送ること。そして、患者には病院及び主治医を選択肢出来る特権があるということと、信頼できる主治医を探すことの重要性を感じました。 今後、この教訓を生かして病気と付き合っていきかなければと思いました。
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