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体験談ほか(寄稿集)のタイトル

■「慢性副鼻腔炎(蓄膿症)手術」体験談
 /とんびさんより(1988年11月「強皮症」発病)

1999年4月27日
耳鼻咽喉科入院(1999/04/27〜1999/05/09まで) 

アレルギー性鼻炎から慢性副鼻腔炎(蓄膿症)を併発、左の鼻腔内に貯まった膿とポリープ(鼻茸)除去を局所麻酔による内視鏡手術を受けることになりました。


1998年9月頃からの症状

鼻水が止まらない状態が続き、左右ともに鼻づまりをおこしました。最初はただの鼻風邪と思い、総合感冒薬・抗生物質を服用していましたが、1ヶ月経っても治らず、アレルギー検査(血液検査)を受けたところ『IgE抗体』が出て、アレルギー性鼻炎(ハウスダスト、ネコダニ、カンジタ)と診断されたのです。


1998年12月
耳鼻咽喉科初診

その後、鼻炎薬に切り替え、右の鼻づまりは回復していましたが、左は鼻づまり状態のままでした。鼻づまりの解消にはレーザーで鼻腔内の表面を焼き、鼻通りをよくする手術(最近よく行われている鼻づまり解消法で、日帰りで手術が受けられる)をする予定でしたが、頭部レントゲンを撮った結果、左副鼻腔内にポリープがあり、その奥に膿が詰まっている状態と分かり手術ということになりました。


副鼻腔炎の症状と合併症
鼻閉(鼻づまり)があると、鼻をかんでもかみきれず、鼻汁が鼻腔内、さらには副鼻腔内にも残るようになり、風邪などで鼻腔粘膜に炎症をおこすと、炎症が波及して副鼻腔炎になります。これらの症状をくり返しているうちに、鼻炎も副鼻腔炎も慢性化してきます。そして、この副鼻腔に細菌感染がくり返されると膿がたまり蓄膿症になるわけです。

副鼻腔炎がもとでいろいろな副鼻腔炎合併症をおこします。 よくみられる合併症には、咽頭炎・喉頭炎・気管支炎(年配の人では気管支拡張症が多い)・中耳炎などがあります。さらに炎症をおこした副鼻腔の位置によっては重い合併症をおこすことがあります。たとえば、視神経炎をおこして視力障害や眼筋まひのためにものが二重に見える複視をおこしたりします。また、まれなことですが副鼻腔の炎症が脳におよび、化膿性髄膜炎や脳膿瘍をおこして生命が危険になることもあります。簡単に考えていた鼻づまりですが、合併症のことを考えると軽視できないんだと思いました。


手術前の検査
ポリープが悪性という最悪のことを考え、手術前に手前にあるポリープの検査をしました。 結果は良性だったのですが、奥にあるポリープに関しては手術してみないと分からないとのこと。ちなみに「奥」とは鼻の上のほうで眼球や脳のすぐ側を指し(場合によっては視力低下、ひどいときは失明)、下のほうは歯茎のすぐ側までのことを言います。鼻の中というのは思ったりより広く複雑なものだと再認識したのです。他にCTとMRI検査もしましたが全ては手術してからです。リスクばかり考えていても暗くなるだけなので、鼻づまりが解消されるよう主治医に任せて大船に乗るだけと言う気持ちでした。


1999年4月28日
慢性副鼻腔炎(蓄膿症)手術

※前日は就寝前に安定剤をもらい熟睡
※当日は朝食抜き
※手術予定時間: 朝9:30〜11:30頃まで予定
●8:30
1回目の筋肉注射(そのすぐ後、入院時の主治医が点滴しにきました)
●9:00
2回目の筋肉注射(局所麻酔による手術なので、再度…)個々人により麻酔効果に違いがあると思いますが、私の場合はよく効いたようで1回目から口が乾き全身の力が抜けて、今にも瞼が閉じてしまいそうでした。
●9:15頃
手術用の病着(和式の寝巻)に着替え。 病室のベッドのまま手術室に向かうので、看護助手さんがベットにビニールシートなどを敷いて準備してくれました。
●9:15すぎ
手術室へ入るとすぐ、布団をめくられ術着を脱がされ、同時に暖かいタオルをかけてくれました。「ええ気持ち〜やな」などと思っていたら、看護婦さんに「自分でストレッチャーに移って下さい」と言われ、「この筋肉注射が効いた腑抜けの身体で一体どうすんねん??」と考えていたら、「すぐ横にありますから腰から動かして…」と看護婦さん。で…腰を浮かして頭と身体を横にズルズルと動かし移動してみると「なーるほど、できた!」と妙に感心していたのもつかの間、「はい、もう一回移動して…」と看護婦さんの声。「え、もう一回????あぁ、こっちが手術台なんか〜」と思いながら、も一回ズルズルと移動したのですが、 ボ〜ッとしながら自分で身体を移動せなあかんとはトホホ・・・と思ったのでした。


手術台では…
頭にシャワーキャップのようなものを被らされ、顔のまわりをテープで留められ、目の前を覆われました。手術台の頭のほうが上がり、足のほうも上げられ、ちょうど椅子に座ってそのまま後ろへもたれ掛かったような格好です。左腕には自動血圧計が巻かれ、手首は固定されました。目は覆われていたものの隙間から執刀医の顔が(実際には手術着を着ていられたので目の辺りだけですが…)見え、外来の主治医だったので少し安心しました。その横には入院時の主治医も見えました。


手術開始
「では、始めます」の言葉で手術開始。局所麻酔ということで、鼻か顔面に麻酔注射をされるのではないかと恐くて仕方なかったのですが、鼻の穴の周りに麻酔を含ませた綿球を浸けると聞いて安心していたので、どうやら時々眠っているらしく自動血圧計が動くと気が付くくらいで、ほとんど記憶がありませんでした。たぶん手術前の筋肉注射が効いていたようです。


手術状況
鼻腔内ビッシリあった膿を一番細い管で取り除くことが出来ず、もう一段階太い管で吸い出し、数個あったポリープを除去しました。そして、眼球のすぐ側まで探り出して診ていただいたのですが、その近辺には何もなかったとのこと。 手術をしてもアレルギー体質は残るので、更に左の鼻腔内の通りを広げておくための処置をしました。この時、骨を曲げるメリメリという音が聞こえ、顔をしかめたので「痛い?」って聞かれたのを覚えます。


手術終了
長いとも短いとも感じない時間の中「終わりましたよ」の声で気付き、ここでやっと肩の力を抜いたような気がします。そして、手術台からストレッチャーに移動するのに今度も自分で移るよう言われ、まさか術後まで言われるとは思わなんだのですが、腰からズルズルと身体を移動させてみるのですが、頭が重たく感じるので、自分では「よう動かされんな」と思っていたら、看護婦さんが手伝ってくれました。それから、顔のまわりに貼ってあったテープを外してもらいましたが、そのテープ跡がかゆいので、やたら手で触っていました。そして、もう一回ベッドへの移動。手術室から病棟(耳鼻咽喉科)の看護婦さん
への申し送りが聞こえました。手術室から出ると私が病棟の看護婦さんにすぐ言った言葉は「お手洗いに行きたい」・・・でした。

手術後
病室に戻ったのは12:15頃だったようです。看護婦さんにすぐに車椅子を持ってきてもらって手洗いへ行きました。(貧血をおこしてしまうので、その日は付き添ってもらった父に支えてもらって行きました。)身体をおこすとフラフラ。頭を左右に振るのもつらく、とにかく身体がしんどくて仕方ありませんでした。その上胸がやたらにムカムカしていました。鼻から喉に伝って出血するので、喉に血が出てきたら飲み込まずに出すように言われていたのですが、どうやら知らずに飲み込んでいたために胸がムカムカするとのことでした。先生にムカツキ止めを点滴に入れてもらって、一寝入りしたら少しだけ楽になっていました。

術後の私の顔は、両鼻にガーゼと綿球を詰められていて鼻が膨れ上がっていたし、両鼻からの出血もかなりあったので、青い顔して「すごい顔だった」と言われました。鼻の一番外側に詰めてある綿球は、血がにじんでくるので自分で取り替えるように、綿球をもらっていました。寝ていても出血してくるのが分かるので、その都度目を覚まし、せっせと交換していたので意外に忙しい思いをしました。それ以外は、とにかくよく寝ていました。 術後の食事は意外に早く、手術当日に夕食が出ましたが、お腹が空いたなんて全然感じられず、身体を起こすのもシンドイので父に手伝ってもらいながら流動食ばかりの食事をしましたが、それでも完食できませんでした。まだ、さすがに疲れていたものの、やや楽になっているのに気がついたのは次の日の朝、目が覚めてからでした。


手術は大成功
ポリープも良性であったと聞いて大安心。後はなにもかもが日にち薬です。手前の綿球から徐々に抜き、全部のガーゼを抜いてもらったのは術後7日目でした。それまでは、とにかく綿球の交換を頻繁にして忙しく、笑うと鼻から出血してくる有り様でした。7日目で看護婦さんに洗髪してもらいました。 お風呂に入る許可をもらったのは9日目でしたが、お風呂に入って頭を洗うと出血がひどくなるということで体を洗うだけで、全身を洗えたのは12日目でした。順調に回復し、お見舞いにいただく花の良い香りに気付き感激したと同時に、お見舞いに来られる方の化粧やたばこが染み付いた臭いを感じることにもなりました。

皮膚科へ転科前の出来事
なんも心配もなく同室の人達に恵まれ楽しく入院生活を過ごし、皮膚科への転科するのが嫌になるほどだったある日、食事中飲み込みの悪いのに気付きました。逆流性食道炎が再発したようでした。(強皮症発病当初に起こった症状で薬で改善したはずでした。)あまりにも食事が喉を通らないので看護婦さんに御飯をお粥に変えてもらい、200Calの高カロリー栄養食(125ml)のドリンクを朝昼につけてもらいましたが食事量は一向に増えませんでした。この看護婦さんの早々の対応が嬉しかったのですが、耳鼻咽喉科ではこのような対処しかできないと言われたので、皮膚科に移って早く安心したいと思いました。

1999年5月10日薬剤アレルギー反応検査を行うため皮膚科へ転科しました。


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