その26.PrinRally作成ばなし(vol.1) 

オリジナルのDRを作ってみたい・・・

そんな事を考えてみえる方は多い・・・とまではいかなくても、これをご覧になってみえる方々の中にもおみえになることでしょう。事実、作成されて、HP上等で公開してみえる方もみえます。

私も以前ここで、オリジナルDR作成の舞台裏、みたいなことをお話ししましたが、今回は、どういうきっかけでこんなものを作るようになり、最初はどんなものを作っていたのか? をもう少し具体的にお話ししてみようと思います。

私が「自分でも作ってみよう」と考えたのは、もう10年以上前のことになります。当時、名古屋の雑誌「FREEROAD」誌のDRの熱心なエントラントだった私は、ある時、「こういうものなら、自分でやってできないことではないなあ」と思えるようになってきました。そして、地図で何気なく自宅付近のコースを検討してみました。

実際に、試走に行きます。まだその頃は、半分は本気でも半分は「できなかったらそれでもいいや」くらいな気持ちでした。地元、岐阜で手近な所、ということで「岐阜公園」前をスタートにします。なぜかそこから、繁華街を突っ切って、自宅の目の前を通ったりしてみました。コマ図というものを初めて描いてみたのですが、これが結構面白いのです。停めにくい場所にクルマを停めるのは大変でしたが、「どれを目標物にしようかなあ」と選ぶのが結構楽しかったりするのでした。今ではちょっと、そこまで楽しいものではないのですが・・・。

通る道も、ほとんどが大きい道。どこに行こう、ということは特に決めず、こっち行ってみるか、あっち行ってみるか、と結構きまぐれに走って行きます。そして、辿りついたのが、谷汲山。かなり走ったように思えましたが、確か70kmそこそこのコースだったと思います。それでも一応、完成はしたので、距離計測します。まだ後付けトリップがなかったので、車載トリップを目測。それに、簡単なクイズを2.3問作り、手書きでコマ図を書き、CP写真を撮って、試しに「FREEROAD」誌の編集部に送ってみました。

すると、それを誌面に載せてくれたのです。そして、後に「走ってくれた人がいるよ」ということも聞きました。自分自身でも、「こんなん走ってくれる人がいるんかなあ」と半信半疑だったので、驚きと同時に少し感激もしたことを覚えています。参加者の方のコメントが誌面に載ったのですが、内容はよく覚えていますね。見栄えや内容がみすぼらしいのは自分でもわかっていましたが、一応それなりの苦労もあったDR作成でしたので・・・。ですから、わざわざ参加してくれた人達に感謝してまわりたいような心境でした。今でも、その志だけは忘れずに、常に参加してくれるエントラントさん達には最大限の敬意をもって対しています。

これが、後に「Prin Rally vol.1」と呼ばれる私のオリジナルDR処女作でした。岐阜公園前をスタート。柳ヶ瀬前〜県美術館〜畜産センター〜揖斐〜そして谷汲ゴールのコースです。当時の資料が残っていませんので、詳細はわからないのが残念ですが。

しかし、じゃあここでオリジナル作成に病み付きになったかというと・・・そうではなく、しばらくは作ろう、という気はおきませんでした。やはり、結構大変だなあ、というのが作った後の印象でしたので。

私が第2弾を作ったのは、それからまた数年後の話になります。

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その27.PrinRally作成ばなし(vol.2)

オリジナルのDRを作ってみたい・・・

Prinラリーvol.1作成から数年後、ひょんなことから、再びそんな気持ちが頭をもたげてきました。

zれから、私なりに参加者としての経験を積み、FRDRのほかにPDQMや、他の方の優れたオリジナルDRなどにも参加させていただくようになり、自分なりにマニアックな方向で、いっちょう作ってみるか、と思い立ったのです。

一旦決めたら行動は素早いもの。数日後、早速試走に行ってきました。

STをインターチェンジ出口にとり、最初は、自分がよく知っている道を辿っていきます。このとき、行ってみたかったのは、自分の祖父の生家に昔、連れていってもらった覚えがあり、そこを再び訪れてみたかった、ということがあるのです。山奥に入り、山と山の間のわずかな平地に小さい川が流れているそこに、生家跡はありました。ここが私の家のルーツ、ということで、同姓の家も多くみられます。この町の町長さんも私と同じ姓なので、きっとこの辺りの地区の出身なのでしょう。

そこから、前は結構険しい峠を登って、山を越えていった覚えがありますが、ちょうどその時は工事通行止め。仕方なく、そのまま別の道を進んでみます。地図を見ても、載っていない・・・。まあ、とにかく行ける所まで行こう、と進んでいきます。参加しているのなら、ある程度地図に載っていない道でも、コマ図通りであれば安心感があるのですが、何せ試走ですから先がどうなっているのか? さっぱりわかりません。

最初、舗装されていた道がだんだん悪路になり、そのうち完全にダートになってしまいました。でも、舗装工事らしきものはやっている感じでしたし、道幅はまだあったので、更に先へ・・・。どの方向を向いているのかもわからなくなってきます。そのうちに、山の尾根から稜線のような所に出ました。見晴らしはいいのですが、どこを向いても山ばかり。道は相変わらずのダート。それも時折タイヤが空転するような結構荒れたダートです。この時点で、かなり不安になってきましたが、今更戻るにも、また荒れたダートを下ることになるので、とにかく前に行こう、と自分を奮い立たせます。

ようやく頂上らしき所に、林道記念碑とお堂がありました。もちろん、そこをCPにします。人工建造物があった、ということで、かなり安堵しました。そこからは、またダートの下り。しばらく行くと、きれいな舗装路になりました。舗装路があんなに乗り心地がいいとは・・・。そのまま気持ち良く下ると、山を挟んで走っている国道が目の前に・・・。どうやら、最初通ろうと思っていた峠の、もう1つ奥の峠を通ったみたいです。「これはモノになる」と思った時は嬉しいものです。(これって、作成時の楽しみですよね)。

後で、色々な地図を見てみましたが、その道は載っていません。当然、それまでのDRでも走った覚えがないので、これはコースにしなきゃ、と断然気合が入りました。

その国道から、さらに別の山を越えて、そのまま自宅すぐ近くまでFCPをもっていきました。東海北陸道・関ICスタート〜武儀〜雁曽礼林道〜美並〜洞戸〜岐阜市の畜産センターゴール。今までの作成DRの中でも、距離が最長の130km。これが後に「Prin Rally vol.2」と呼ばれる私のオリジナル第2弾です。

これもFR誌に送付すると、誌面に載せてくれました。こちらは5チームくらい、走って戴いたようです。しかし、途中で工事通行止めがあり、全コースを完走されたのはわずかでした。でも私の思い入れのあった、あの林道は皆さん走られたようです。「どうしてこんな道、知ってたの?」と後で聞かれたりもしました。

その後、試走で2〜3回、コースを走りましたが、前ほど時間が長く感じられませんでした。やはり、不安の中と安心感の中とでは大分違うのですね。

しかし、その林道も、それ以来行っていません。他のDRでも使われていませんので、果たして今はどうなっているのかもわかりません。 大変、気になっていますので、今度機会があったら行ってみます。道の面白さでは、今だかつてこのコースがPrinラリーベスト1だと思っていますので、いつかリメイク版として登場する日は近いかも・・・。

クイズとしては、それほど印象にないのですが、「シークレットCP」というものをやった覚えはあります。前の「VOL.1」の時に、CP写真がうまく撮れていない所があり、そこを逆転の発想で、CP写真を「?」にして、「ここのCPまでは何kmあります。さて、ここのCPの計測地点の目標物はなーんだ?」というクイズにしてみました。今度は意図的にシークレットCPを作ってみたのです。

他にも一応、各CP毎とかにクイズは作っていたのですが、まだまだ可愛いもの・・・。クイズがだんだんと複雑怪奇(?)になっていくのは、この次の時くらいからです(笑)。

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