塩川熱塩加納村 ・文化財センター白河館・泉崎村鳥峠稲荷神社 ・横穴 

 


 

 

 喜多方市 道の駅喜多の郷 2002/6/28 東に磐梯山西に飯豊連峰を望む【蔵の街】良質な水と米
 に恵まれた喜多方ラーメン観光馬車。蔵の湯、お土産品美術館。会津塩川駅前の花壇静かな昼下がりの田舎町
 塩川町御殿場公園の花しょうぶ園広い運動公園 2002/6/29 
 45aに約60種、36,000180,000本が植栽 6月〜7月に開花最盛期白、青、紫、ピンクに咲き県内屈指の町

 



 
熱塩加納村から4km山形よりの山あい  会津地方最北端山形県境自然豊かな村。ヒメサユリの群生地、
  室町時代護法山示現寺を開いた現翁和尚に発見された熱塩温泉がある。
 熱塩加納村 示現寺観音堂春にはお祭りもあります 会津三十三観音五番札所本尊は金色
  木造千手観音立像江戸時代天明八年上棟 全体豪華華麗の浮彫 本堂四隅柱上の組物・向拝
  二段垂木の整列主に唐様建築の仕法。

 瓜生岩子の坐像 (示現寺境内にあります) 瓜生岩子刀自文政12215日現熱塩温泉
 (山形屋)で生まれ今日の社会福祉事業の先駆者として数々の功績を残しました。
 日中ひざわ湖ダム 熱塩北4km山形県境の景勝地  福島県耶麻郡熱塩加納村大字熱塩
  阿賀野川水系押切川多目的ダム、高さ約101m、堤長423mロックフィルダム「日中ひざわ湖」と命名

土と岩石を積みあげてつくられた、中央に水を通さない遮水壁(コア)を設け表面を岩石(ロック)で保護

安定を保つ中心コア式ロックフィルダム。 川の水が増えてもダムに一時的にためて水量を調節し下流に流し

川のはんらんを防ぎます。利水放流水(かんがい用水、水道用水)で発電最大出力1,700kwです。

3,200戸の家庭で使う電気量です。 ポイントしてダム

 

   

2004/5/4 曇り 福島県西白河郡東村 東風の台公園 自然がいぱい運動公園 きつねうち温泉 文化センター・図書館と
並びお湯はつるつるでした。建物前の≪鯉のぼり≫は珍しい≪鰹ののぼり≫もあり敷地いっぱいにみごとになびいてました。 

その他 ≪石原の枝垂れ桜≫もあります                
           
  

福島県文化財センター 白河館 復元野外展示されていました縄文時代の家4000
前深さ
50cm位の穴を掘った上に建てる家 竪穴住居とよばれています
モデル 猪苗代
   
  前方後円墳約1400年前のお墓 
  モデル 東村
  
製鉄炉 約1100年前の平安時代 鉄をつくった装置 
四角い箱の中で砂鉄をとかして鉄をつくりました。
モデル 原町市
  奈良時代の倉庫
  奈良時代の役所のお米をしまっておく為の倉庫「正倉」
  とよばれ多くのお米が税として集められました。 
  モデル 泉崎村

  

室町時代の館 約500年前 侍が住んでいた館の門
高い櫓の上には弓矢を持ったこわい見張り番が
いたかもしれません
   モデル 長沼町
常設展示{遺跡から学ぶ自然と人間のかかわり}がテーマ
県内の遺跡から出土した土器や石器を使い時代の復元縄文時代からの暮らしのうつりかわり・道具・武士の乗った馬さまざまな復元品映像・パソコンを使って調べられ・書籍も沢山あります。
  火起こし体験・勾玉製作など

  

泉崎村 「烏峠稲荷神社」 2002/10/5
伝説 平安時代始め下野国(栃木県)凶賊征伐に第52代嵯峨天皇の勅命受け藤原俊仁公が戦い苦戦
してこの峠で追ってきた賊軍に囲まれた時西空の一羽のカラスが光るものを落とし白狐がくわえて消えた。
俊仁公は「大和国烏ヶ嶺勝手稲荷大明神のお使い」戦いは勝ったと再び乱戦の末勝利した。後に烏ヶ嶺
と名付けいつからか烏峠「とうげさま」と崇め現在の本殿は江戸時代中期に造営された権現造り。
烏峠稲荷神社 霊験あらたかな神社として信奉されています。
現在の本殿も江戸時代中期のもので、権現造りの建物には繊細な彫刻がほどこされています。

           

 泉崎さつき温泉 泉崎カントリーヴィレッジ 2003/12/31   ログハウスと農業体育館
 林間の静寂の中にある温泉ホテル ログホテル全室バスルームつき ターミナル棟和室・洋室 
 温泉大浴場毎分350リットルの温泉が24時間豊富に流出ゆったりしたサウナつき。露天風呂もあります。
   
   


泉崎横穴(いずみざきよこあな) 泉崎村大字泉崎字白石山 2003/12/31
泉崎中学校の道をはさんで東隣の丘陵にあり交差点の東北の角で泉崎村と矢吹町の境界にあります。
7世紀の前期にできたものと言われ、1933年県道拡張工事の際に発見、壁画は遺体を葬る部屋(玄室(げんしつ)の奥と左右の壁天井に朱を使って描かれ、右から順に2頭の動物、騎馬人物像、正面形の人物像4人、女性らしい側面形の人物像3人を20cm前後の高さで一列に描き、下方には直線や珠文をちらしています。奥左の壁には順に渦巻文(うずまきもん)、馬に乗る人、小動物、馬に乗る人、馬が描かれています。右の壁には、臼のようなものと馬が奥壁近くには、珠文が多くあります。天井部には、4壁の上部にいずれも大きな渦文があり奥壁上部のものが、径約60cmあり明瞭です。副葬品として直刀、刀子(とうす)、銅環など少量が遺存されています。