sakuraの歴史(そんな偉く無いっちゅ〜の)
197○年5月 東京都目黒区にて生まれる
その時住んでいたのは、上だか下だかに雀荘があるようなボロアパート
197×年4月 幼稚園入園
母が言うには、入園テストやら、なんやらあったらしい、どう言う訳か私立
(当時の、家の財政では私立なんてムリ!今はなんとなく想像つくけど...)
当時にしちゃ、珍しい「しょうこう熱」にかかるくらいの貧弱っ子
幼稚園児代からの幼馴染みには「幼稚園に消毒車が来たよ!」と...
スミマセン、ワタシのせいです〜(汗)
197△年4月 世田谷区立○○小学校入学
と同時に、世田谷区へ引っ越す
さらに、ここからワタシにとって、数々の謎と苦痛が始まる
何故か、名字が変わったり、てか、父と同じ名字になった
母は違う名字だった...良く考えればそれまで、ワタシも通称は父の名字だったが、
何故か、保険証は母と一緒で、母の名字だったのだ
だいたい、ワタシって母に扶養されてたわけね(苦)
(後に戸籍謄本を見て知るが、ワタシは父に認知された子、父と母は籍が入ってないのだ
しかも、母は、別のヒトと籍が入っていた(汗)そういうわけで、ワタシも父に認知
されるまでは、母の本当の旦那さまの子供と言う事だったわけだ(苦)
でも、両親の言葉を信じるならワタシは、ちゃんと両親の子供だそうだ...)
母を取り巻く?色々な男性!まず、父、そして、旦那さま、そしておじちゃん
このおじちゃんにワタシは色々なものを買ってもらったりお出かけに連れて行ってもらった(謎)
そして、そのおじちゃん、何故か、朝食は我が家で食べる(もちろん父の出勤後)(笑)
198◇年4月 世田谷区立○○中学校入学
このころ、父はギャンブラーだった!発覚!ホント困っちゃう位のギャンブラー
借金取りって者を知る(トホホ)恐いのねぇ...
毎日父母の喧嘩を見る、聞く、勘弁して〜
中学2年生の時、母が家出
行き先は「おじちゃん」の所だった(爆)
「お父さんには内緒よ」この言葉を必死に守り続けたワタシ
父に攻め立てられようが、守ったよ、この約束は
でもココロの中は「このギャンブラーと暮すのか...」とかなりブルー
だって、本当に生きていけるか心配だった
そして...
198☆年4月 都立○○高校入学
遊んだ、勉強した、悪い事もした(爆)でも一番楽しかった時代
そして、一番苦しかった時代...公共料金払えず、色々止まったもんね!貴重な経験だわん(汗)
のちに...
短大入学、大学編入、社会へ出る、真面目1本で行った唯一の時代(爆)
ただ唯一の悲しい事、短大1年の時、母が脳硬塞で倒れる
現在も、右半身の麻痺、言語障害が残っている
1993年4月 結婚
ワタシの抱いていた「暖かい家族」作りにハッピーハッピー!な毎日
でも、現実はそう簡単では無かった...
旦那との「家族観」の違いに衝撃受けまくる
「もっと話そうよ」「もっと一緒にいようよ」「どこか出かけようよ」「ご飯一緒に食べようよ」
ワタシの描いていた生活はどんどん遠くなって行った