| 公式サイト | http://www5.ocn.ne.jp/~seisonkk/index.htm |
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| 住所 | 金沢市兼六町 |
雨天の為、兼六園はパス、正面受付から成巽閣に入る。尚、「撮影はすべてお断り」との事。
最初は謁見の間。天井は折上格天井だが、折上は浅く、天井画等はない。謁見の間は上段、下段の間から構成されるが、その間に彩色された透かし彫りの欄間が入っている。背景の大部分を白梅が占め、所々、赤い椿が見える。その上を雉(?)が飛んでいる構図なのだが、画面の大部分を占める梅の枝の緑が退色している為、全体的に暗い感じだった。尚、床の間の右に武者隠しの戸があった。襖に取っ手がない為、向う側からしか開けられないようになっているとの事。
鮎の廊下、貝の廊下を通り、亀の間に向う。鮎の廊下は折上天井だが、謁見の間同様、折上は浅い。金泥・金砂子の紙貼との事だが、鱗や霞のような紋様があり、変色・退色によるものなのか、元々の柄なのか判断に苦しむ。障子腰板の鮎の絵は、河の流れの部分等、全体的に状態はあまり良くないが、鮎は読み取れる。特に赤門側の奥の1枚が最もハッキリしていた。貝の廊下は折上でない普通の天井。腰板には、貝の絵が描かれていたが、状態は良かった。亀の間の障子腰板には亀の絵が描かれていたが、退色は甲羅の一部等、局所的なものが多かった為、状態は良かった(貝の廊下以上)。尚、床の間や、その横の違い棚等は金箔が施され、違い棚の下の引出には梅に鶯の絵が描かれていた。
万年青の廊下を通り、蝶の間に進む。万年青の廊下の障子腰板には、万年青が描かれており、緑青が退色している部分もあったが、概ね状態は良かった(貝の廊下と同程度)。廊下沿いの万年青の縁庭園は、大小の築山を設け、侘びた古木が多いしっとりとした庭なのだが、雨天のせいか、勢いがなく、イマイチ。低木中心だったのも、遠因かも知れない。
蝶の間の障子腰板には蝶が描かれていたが、手前のもの程、蝶の数が多かった。解説に拠れば、意匠としての意味と、一度外した後の入れ間違いを防止する意味があるとの事。他の絵と異なり、川等の背景が描かれていない為(一番奥のもののみ、藤が描かれている)、他の絵より印象的。状態は良く、アゲハの羽等の細かい部分が良く解った。隣の松の間は、謁見の間に向かう前の化粧所との事。腰板の松の絵は、概ね良い状態(亀の間と同程度)。床の間の右横の壁下部に15×20cmのガラス絵が10枚はめ込まれており、その全てに鳥が描かれていた。損傷の大きなものが2枚あったが、それ以外は状態が良く、概ね見易かった。尚、床の間そのものは、亀の間とは異なり、地味なものだった(蝶の間も同様)。
松の間を抜け、つくしの廊下に出る。約20mの間、柱が一本もない事が特徴なのだが、確かに開放感がある。解説に拠れば、桔木(はねぎ)という約40cm角、10mの松材を使い、軒桁(?)を支点にテコの原理で屋根を持ち上げているとの事。廊下沿いのつくしの縁庭園は、万年青の縁庭園とは異なり、起伏の少ない平庭造り。中心の黒松と手前の杉苔が支配的。しかし、やはり雨天のせいか、勢いがない。尚、廊下には、藤原公任筆と伝わる十五番歌合等が展示されていた。
2階に上がり、群青の間に入る。窓が少し開いており、柿葺きの屋根が見えた。群青の間の天井は折上だが、天井の目地(格子状の角材)と折上の蛇腹が群青(ウルトラマリンブルー)に彩色されている。蛇腹は直線的で、青い網を被せられたような感じ。天井板は杉の板を目違いに張ったものなのだが、壁の朱色や天井板の淡いオレンジ色と、目地の群青のコントラストの強さに目が行って仕舞ったのか、あまり印象に残っていない。隣の群青謁見の間は、天井に白群青、壁に紫、床壁に黒を用い、コントラストは弱いが、何か塗り潰されるような感じで、群青の間同様、落ち着けない空間だった。
群青の間を出て、網代の間、越中の間に入る。網代の間は杉柾の網代天井で、越中の間は富山の立山杉を使い、隅の三角形の部分のみ網代天井となっている。尚、2階の障子は中央にギヤマンがはめ込まれた雪見障子になっており、障子を開けなくても外の様子が解るようになっているとの事。また、2階には青貝嵌入障子が展示されていた。螺鈿に使う青貝を薄く研ぎ、5.5cm角にして、障子にはめ込んだもので、緑がかった青色の怪しい色彩だった。
経路中の見所10ヶ所に対して、6ヶ所に解説テープが設置されており(それ以外に全体説明1ヶ所)、非常に変わり易い。しかし、スリッパ等はない為、非常に寒い。冬季に訪れる場合、それなりに覚悟した方が良いと思う。