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砥部焼伝統産業会館

住所伊予郡砥部町大南335

2005/05/05(Thu) 晴れ

陶板の道は町民広場脇の坂道を上り、陶祖ヶ丘の公園を横切り、墓地の脇を通り、陶芸創作館に下る迄の300m程の道。ブロックが敷き詰められた歩道に25cm×25cm程の陶版が一定間隔ではめ込まれている。陶板で敷き詰められている訳ではない。町民広場脇の坂道の壁には丸、四角の枠があり、茶碗の欠片がはめ込まれ、その間には陶片で描かれた7×1.6m程の風景画が展示されていた。町民広場の壁にも陶板の絵があり、陶祖ヶ丘の公園の壁には、江戸中期から大正期の茶碗の欠片が8m程に渡り、帯状に貼り付けられていた。

産業会館の1階は展示スペース、2階は展示即売会。1階には陶器約120点(組物は全体で1点)、作陶道具等が展示され、製造工程の解説ビデオ(音なし)が上映されていた。江戸時代の作品は8点、明治・大正時代は18点のみ。現代の作品が多い。砥部焼きの磁器創業は1777年(安永6年)、杉野丈助が白磁の焼成に成功したのが始まり。創業当初は外山産砥石屑を原料とした為、素地は無地、厚手の黒ずんだものが多く、また、重ねて焼いた為、釉薬が蛇の目に剥離したものが多いとの事。確かに、安永9年陶片、無文徳利(江戸中期、北川毛窯)、鉄絵藤文徳利(江戸中期、北川毛窯)の素地は黒ずんでおり、白磁瓶子(江戸中期、上原窯)の口の内側には、蛇の目の小さな剥離があった。

技法の一般的な解説は充実していたが、作品個別の解説はなし。青磁、淡黄磁等は解るが、それ以上の事は不明。江戸時代の作品だけでも、個別の解説が欲しかった。

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