| 住所 | 喜多郡内子町城廻117 |
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山門の左前は涅槃苑。全長10m、重量200tの涅槃像が横たわっている。1997年(平成10年)完成。日本最大の石の涅槃像との事だが、周囲の雰囲気から完全に浮いている。山門の奥の本堂は屋根:胴体=1:1のどっしりした大きな堂宇。戸、柱、欄間、天井等にクス材が使われ、伊予の楠寺と呼ばれているとの事だが、1823年(文政7年)に再建されている。その際もクス材が使われたのだろうか? 本堂の8~9m奥には、聖観音像が安置されていたが、御簾に隠れ、しゃがみ込んでも、顔は見えなかった。
本堂の右前には孝子桜(十六日の初桜)。400年程前、松山山越の桜好きの老人が病になり、重体になった際、桜を見たいと言った為、その息子が祈り続けたところ、16日目の朝に桜が咲いたとの事。宝永3年、藩主の命により、松山龍穏寺より分植。親木は松山空襲により、焼失したとの事だった。