古都訪問記 > 徳島 > 天赦園

天赦園

住所宇和島市天赦公園

2005/05/07(Sat) 晴れ

周囲に高校等が3~4校あり、時折、ブラスバンドの音が聞える。受付の左奥の藤棚は樹齢300年の野田藤。大阪野田円満寺からの伝。残念ながら、園内の藤は全て終わっていた。右奥の菖蒲園は黄菖蒲が少し咲いている程度。少し進むと、左奥に広い芝生のスペースが広がり、その奥の竹林には三尊石が配されている。拝観の栞に拠れば、竹、笹は22種類との事。隈なく探した訳ではないが、掲示があったものは亀甲竹、矢竹、大名竹、四方竹、泰山竹、ベニスホウ竹、孟宗竹、黒竹、寒山竹、寒竹、唐竹、熊笹、おかめ笹の13種類のみ。ちょっと気になるので、全部掲示して欲しかった。

芝生のスペースの右側は茶室、潜渕館。外観のみ。その先の春雨亭も外観のみ。春雨亭の右脇の藤棚も野田藤。春雨亭、藤棚の背後は護岸石組の池。入り江が池から左回りに春雨亭の前迄伸びている。入り江に抉られた半島部分は芝生に覆われ、石燈篭が2基が配されている。春雨亭の手前に沢渡りがあり、その先に刈込が数株配されている。縦の要素が少ない為か、奥行感のある清楚な風景。春雨亭の奥、東から西、左回りに池の周りを進む。経路の外側は木立に囲まれ、鬱蒼としているが、池の護岸石組以外、緑と拮抗するものがない為、ちょっと地味。庭園の西側をR56が通り、車の音が聞える。池の奥、南西側の岸には反橋状の藤棚が池を横切っている。玉藤との事。その奥の藤棚は白い野田藤だった。

池を3/4周し、入り江方向に戻る。右脇の藤棚の奥には枯川。藤棚は野田藤と紫上り藤。野田藤は東京亀戸天神のもの。どんな経緯があったのだろうか? 枯川は芝生のスペースの奥の竹林に続いている。黒い玉石が敷き詰められ、水分石が2個配され、角材のような切石の石橋が架かっている。解説に拠れば、借景の鬼ケ城山から宇和島湾に川が流れ込む様を表しているとの事。枯川の奥、竹林の手前には綱引石、虎吠石、臥牛石、起牛石等の巨石。台形の綱引石は、実際に舟の綱引きに使われたもので、中心部分が窪んでいた。何れも白と黒の風化した味のある石なのだが、それぞれ、その前に立て札が立っており、親切なのだが、ちょっと邪魔だった。

古都訪問記 > 徳島 > 天赦園