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報恩寺

住所盛岡市名須川町

2003/08/12(Tue) 晴れ

R455から脇に入った奥、杉木立の中、山門が見える。山門の仁王は無彩色。目鼻のデフォルメに対して、体が大人しく、躍動感はあまり感じられない。本堂(1964年再建)の本尊は聖徳太子作と伝えられる釈迦三尊像(釈迦・普賢・文殊)との事だが、本堂に安置されていた三尊像の脇侍は象、獅子に乗っていなかった。象・獅子に乗っていないスタイルの普賢・文殊だったのだろうか? 別のものが安置されていたのだろうか? 本堂左奥には受付。無人だった為、トレイに拝観料を納め、羅漢堂に進む。羅漢堂の手前の廊下には、吉川保正、堀江尚志等の鋳像が数点展示されていた。

羅漢堂は土蔵造りで、内部は薄暗い。天井の龍は狩野林泉の作との事だが、絵図はかすれ、何となく読み取れる程度。中央の高さ2.5m程の台の上に盧舎那仏、善財童子、八歳龍女、十大弟子、十六羅漢が安置されている。手前のものは2.5m奥、盧舎那仏は5m奥に安置されていた。盧舎那仏は像高2m程。空海の作と伝えられているとの事。目は、僅かに力を入れ、閉じたような水平の細目。瞑想しているような表情ではなかった。金箔がはげたのか、肌は黒かったが、衣の彩色は良く残っていた。善財童子、八歳龍女は像高2m程。善財童子は立って中腰、八歳龍女は右ひざを付いて、前のめりのスタイル。何れも、顔周辺の余白がやや広く、つぶらな目、少しずんぐりした三角鼻が特徴的。人間的な表情で、顔は白く彩色され(白くなった?)、衣の紋様等の彩色は良く残っていた。十大弟子は近いものでも3m奥。衣の紋様等の彩色、顔、肌の金箔が良く残っており(修復済み?)、表情は読み取り易い。十六羅漢も概ね良い状態だった。

羅漢像は羅漢堂の壁、左右5段、前3段、後ろ1段に安置されている。像高は30~40cm。肌の金箔は良く残っており、表情は読み取り易い。衣の彩色の状態には斑があり、朱色は良く残っていたが、それ以外はくすんでいた。朱色のものだけ、色持ちが良かったのだろうか?(他の色が朱色に変色しただけ?) 拝観の栞とは異なり、マルコポーロと言われる像(第百番善注尊者)の左手が欠損していたが、全体的に損傷は少なく、状態は良い部類。解説に拠れば、499体と500に近い数が残り、しかも、木彫で、造立年代、作成者等が解るのは、全国的にも希との事。しかし、そうなると、残り1体が気になる。いつ、どのようにして失われたのだろうか?

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