| 住所 | 遠野市土渕町 |
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R340を北上、伝承園に辿り着く。up/downは少なめで、自転車での移動は概ね問題なし。ただ、道が狭い為、車にはちょっと注意が必要。伝承園の脇には早池峰古参道跡があり、右肩下がりのΠ形の鳥居があった。もう少し大きいのかと思っていたのだが、実際は高さ2.2m程だった。
最初は佐々木喜善記念館。展示スペースは1階のみ。ボタンを押すと解説(約2分)が流れ、書簡、出版物等、約50点が展示されていた。染工房、工芸館の奥の板倉は外観は古い建物なのだが、内装は現代のもの。斧や手斧(ちょうな)で削られた少し歪な黒い用材が良い味を出していた。
旧菊地家住宅(重文)は千葉家同様の曲り家だが、千葉家より2回り以上小さい。解説に拠れば、最初は直ご家(すごや)だったが、拡張を重ね、馬屋が付けられ、曲り家になったとの事。板倉同様、少し歪な黒い用材が良い味を出している。室内には機織器、箪笥等があり、それなりの雰囲気。寝部屋、台所、常居の間以外は、藁葺き屋根裏側が丸見えになっている。奥座敷には、昭和天皇・皇后が訪問の際、使用したスリッパ(2組)と靴べらが展示されていたが、他に展示物はなく、完全に浮いていた。
常居の間の奥の廊下を進み、御蚕神(おしら)堂に入る。途中、廊下には蚕天の道具が展示されていた。御蚕神堂は10畳程のスペース。中心には柱のように枯木が立っており、壁には1000体のオシラサマが安置されている。オシラサマは女性と馬の顔を掘った1組の桑の棒で、着物を着ているものもあったが、中心に切れ目を入れた布を何枚を差してあるものが殆どだった。もしかしたら、着物を着た上から更に布を差したのかも知れない。円空仏のような顔のオシラサマが1000体もあり、ちょっと異様な感じだった。
曲り家の斜向いには水車小屋。水が注がれ、粉を挽かせていた形跡も見られたが、メンテ中なのか、水車は止められていた。