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清亀園

住所酒田市浜田1-11-13

2004/08/14(Sat) 晴れ

1894年(明治26)、伊藤四郎右衛門家の別邸として建造されたもの。現在は酒田市の所有。主賓室の床の間の天袋には平安貴族の絵。永昌毫の落款。少し傷があるが、くすみながらのそこそこの発色で、状態は良い。地袋には鶏と雛の図。作者不明。余白部分だが、傷が多く、状態はまあまあ。鴨居の亀の釘隠しは、首を半分引っ込めたもの。最初、首がないのかと思った。

庭園

庭園は山田挿遊の作。長方形の池の中央に中島を配し、その周囲を赤松等の樹高8~15m程の木立が囲んでいる。樹木の総数は約250本との事。鬱蒼としており、外界は概ね遮断されている。中島には中央が直角に迂回した木の橋が架かり、半円の笠形の樹高5m程の赤松が配されている。その奥の向う岸には樹高15m程の松が2本聳え、屹立した山のよう。池岸、中島は石で縁取られているが、木立、刈込等の陰になる為、埋もれがち。少し下枝を透いた方が、緑と石のコントラストが出て、良いかも知れない。少し陰になっているが、向う岸の左側、朽ちた幹のような巨石があり、良い味を出していた。

池の左手前の端、左奥の端、右辺中央は少し引き込まれ、左手前の端には沢渡り、右辺中央には石橋が架かっている。池には鯉が泳いでいるが、水は緑がかった灰色。右側の塩ビの筒からボコボコと音を立てて水が流れ込んでいる。左の2箇所の引き込みには滝があったような跡がある。どうせ、ポンプで水を汲むのなら、それらの跡を有効利用して欲しかった。池の向う岸の少し奥、池の右脇の四阿の周囲は一段高くなっており、経路が設けられている。池の手前、四阿の周囲には飛び石が配されているが、土の中の経路の為、ちょっと殺伐としている。池岸沿いの経路も同様。苔を植える等した方が良いと思う。経路を一周したが、視界が少し木立に遮られる為、見る角度により雰囲気が変る等の効果はなかった。以前は庭園の中に田圃がある程広大だったとの事。その頃は経路沿いの景観も趣のあるものだったのかも知れない。

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