| 住所 | 鶴岡市家中新町10-18 |
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鶴岡公園(鶴ヶ岡城跡)の隣。如何にも観光名所といったロケーション。古い建物を集めたプチ・テーマパークなのだが、個々の建物はそれなりに落ち着いた雰囲気だった。
最初は旧鶴岡警察署。1884年(明治17年)の建築。1957年(昭和32年)に移築。ルネサンス様式に、屋根の大棟、破風妻飾り等の和風を加味した擬洋風建築との事。事務所として使用されており、外観のみ。旧鶴岡警察署の右奥、ちょっと開けたスペースには旧西田川郡役所(重文)。こちらも擬洋風建築。1972年(昭和47年)移築。1階は新生代の化石、縄文・弥生時代の石器、土器、城輪柵跡の出土品等、2階は戊辰戦争の資料、明治期の衣服、ランプ、電話機等が展示されていた。旧西田川郡役所の左奥は庄内藩主御隠殿。1863年(文久3年)、藩主の隠居所として建てられたもの。玄関と奥の座敷が当時の建築。入口奥の廊下には庄内竿が50本程展示されていた。長いものは8m程ある。多くが庄内地方の苦竹を使い、殆どが一本竿(延竿)、生地のまま、根も生かし、漆等を塗らないのが特徴との事。それ以外では城下の絵地図、酒井家所有の甲冑等が展示され、奥の座敷からは酒井氏庭園の右半分が見えた。
御隠殿の左隣は鉄筋の美術展覧会場。1階は休憩室(会議室)。敷地内で冷房が入っているのは、ここだけ。2階は展示スペース。民族文化展山と川のくらし。伐採、熊狩り、漁業等の道具が展示されていた。山を聖域と見なし、熊狩りの間は、里言葉は使わず、山言葉のみ使ったとの事。例えば、狩人はカリュウ。マタギという言葉は従来使われていなかったが、調査に来た人の影響で使うようになったとの事。ちょっと意外。展覧会場の左斜め前には民具の蔵、重要有形民俗文化財収蔵庫、旧渋谷家住宅(重文)がコの字形に並んでいる。最初は民具の蔵。御隠殿に付随して江戸末期に建てられたもの。1階には製蝋道具、商家の看板、千石船の船箪笥等が、2階には下駄作り、刀鍛冶、漆塗り等の道具、瓦人形が展示されていた。瓦人形は瓦で作った人形かと思ったが、実際は、型に入れた粘土を素焼きし、胡粉を塗り、泥絵の具で彩色したもの。民具の蔵の右脇の収蔵庫の1階にはドウ(篭状の罠)等の最上川水系の漁具、網、舟等の庄内浜・飛島の漁具が、地下1階にはバンドリ(荷背負い用の背当て)、大宝寺焼きの徳利、刳りもの(木鉢)等が展示されていた。旧渋谷家住宅は茅葺き兜造りの多層民家。朝日村田麦俣から1965年(昭和40年)に移築。内部には機織り、糸巻き、臼等が展示され、囲炉裏も残っていたが、特に解説等はなし。中2階は玄関の土間の上。低い天井は黒く煤けていた。床材が古い為、渡り板以外は踏まないようにとの事。養蚕道具があるのかと思ったが、展示されていたのは、苗舟、足踏脱穀機、万石通し(籾と玄米を分離)、草鞋編み台等だった。

最後は酒井氏庭園。作庭者、年代不詳。面積242.66m。1971年(昭和46年)に大修復が行われている。大きな丸い築山の手前に長方形の池を配し、築山の手前中央には、右奥から左手前に枯れ滝石組が設けられている。築山の池岸は石に縁取られ、斜面には石、丸い刈込が少し疎らに配されている。右手前の出島の先には立石。珪化木との事。雄大ではあるが、落ち着いた雰囲気。庭園の背後は木立に遮られているが、昔は鳥海山を遠望できたらしい。池の向う岸は築山の脇に少し回り込み、角のある動物の顔のような形。左奥から水音がしているが、立入禁止。詳細は不明だが、滝が設けてあるものと思われる。池底に藻が生えている為、少し緑かかって見えるが、水そのものは澄んでいた。