| 住所 | 鶴岡市馬場町1-17 |
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丙申堂(重文)は1896年(明治29年)、丙申の年の建築。玄関の奥、石畳の通りを進み、主屋に上がる。下座敷には中国の文人の屏風(6曲1双)が展示されていた。作者不明。上下に1シーンずつ描かれ、計24シーン。何かの故事と思われる。k紙の端が屏風から少し剥がれていたが、金砂子、赤、紺の発色が鮮やかで、状態は良かった。あまり古くないものと思われる。それ以外の茶の間、中の間等の部屋は火鉢、箪笥がある程度だった。
座敷の奥はL字形の縁側とL字形の白壁の塀に囲まれた長方形の庭園。何故か、縁側の床板がピカピカ。庭園には飛び石が渡され、樹木、石、灯篭が周囲を疎らに囲んでいる。苔、白砂等のない土の庭の為か、ちょっと殺伐としており、小さな子供の遊び場のようなエリアだった。主屋の反対側(南側)にも小さな庭。飛び石、灯篭がある程度だが、苔生していた分、それなりに雰囲気はあった。L字形の縁側の先には漆喰の小蔵(金庫蔵)。戸が4枚入っており、2、3枚目の戸には転(ころ)が敷かれている。中には金庫が4つ設置されていた。
主屋の奥は板の間の台所。その奥の土間には流し台があり、現在も使われている模様。中央にショーケースがあり、皿、掛け軸、この土地の地券等が展示されていた。周囲には食器棚の他、何故かアップライトのピアノがあった。脇には引き出し付きの階段。階段の壁には子供の落書きが残っている。階段の上は大工部屋。電球とちゃぶ台があるのみ。階段脇の中納戸は使用中の為、立入禁止。その隣のみめ(女中部屋)は、「掃除中」の立て札等が置かれ、物置状態。主屋の奥の中蔵、奥蔵は扉が閉まっていた。奥蔵の入口はアルミ戸。現在も使用されている模様。
最後は2階。丁度玄関先、店の上。特に何もなかったが、1階の所々苔生した杉皮葺きの屋根、石が乗り、所々苔生し、草が生えた2階の石置屋根が良く見えた。