| 住所 | 鶴岡市砂田町3-6 |
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鶴岡駅から徒歩約40分。境内は住宅地の中。本堂は1956年(昭和31年)に焼失、1973年(昭和48年)の再建の為、かなり新しかった。
拝観は本堂脇の堂宇の16畳程の1室のみ。最初、寺の方が解説を行う。鉄竜海上人は明治元年(1868年)、55歳で湯殿山仙人沢に篭り、即身仏となったとの事。即身仏は像高60~70cm。厨子の中に安置されているが、正面がガラスの為、非常に見易い。顎を引いて、腰を曲げ、前屈みに座っている為、ちょっと苦しんでいるように見える。熊手のように細くなった手が印象的。生前、流行していた眼病の平癒の為、自らは眼病ではなかったのだが、その左目を抉り、湯殿神社(だったかな?)に奉納したとの事。実際、即身仏の左目部分は大きく窪んでいた。海向寺の即身仏同様、コールタールを塗ったような黒い顔。顎を引いている為、ちょっと良く解らなかったが、鼻は潰れ、口が少し開いていた。即身仏以外では、像高30~40cmの仏像8体、書等7幅が展示されていた。