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法泉寺

住所米沢市西大通1-3

2004/08/10(Tue) 晴れ

場所は文殊橋を渡った先。名前から古い歴史のある橋かと思ったら、実際は、遠くからもペンキと解る赤い欄干の長さ6~7mの普通の橋だった。文殊橋を通る2車線の道路の北側には庭園、南側には本堂。大正の大火(1919年)の後、新道が境内を通り、南北に分断、庭園は縮小され、池も枯れてしまったらしい。迂回させるなり、南北にずらすなり出来なかったのだろうか?

庭園

京都天龍寺の曹源池庭園(夢窓国師の作)を模した庭園は三代藩主定勝と九山禅師(夢窓国師の弟子)の作。その後、享保年間に、画家の小田切寒松軒により補修されている。池は心字池=心字形なのだが、左:右=2:3の瓢箪形に見える。窪みの部分に台形の土橋が架かり、その先、池の向う岸には松が数本植えられている。その左側には丸く低い刈込を配し、石で縁取られた中島。鶴と亀を模ったものと思われる。境内には樹高20m程の赤松等の樹木が植えられ、道路側以外は鬱蒼としている。道路により分断されたのが、非常に残念! 池は苔生していたものと思われるが、かなり薄くなり、剥げており、雑草が目立つ。池の中には野焼きの跡もあった。もうどうでも良くなったのだろうか? 池の周囲は柵に囲まれているが、その手前の苔も茶色くなっており、かなり剥げていた。

参道を挟んだ右側には先聖堂。参道の奥には文殊堂と小さな社が2社。先聖堂は胴体部分が2×2m程の小さな堂宇。堂宇に上がる階段の手前に柵があり、その奥のガラス戸も映り込んでおり、内部の様子は解らなかった。文殊堂も、正面の格子戸越しに中を見たが、暗くて詳細不明。厨子らしきものが見えたが、扉が閉まっていた。文殊堂の背後には石で縁取られた三日月形の枯れ池。その先が境内脇の掘立川に伸びている。心字池から水を引き込んだものと思われる跡があり、繋がっていたらしい。全景を想像すると、かなり優雅な庭園だったと思われる。本当に残念!!

道路の北側は新しいトタン屋根の本堂、住居部分、墓地等。外観のみ。特に観光要素は見当らなかった。

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