心臓がバクバク鳴っている。 落ち着け、分かっていたことじゃないか。付き合い始めたとき、相手は武だと聞いたし仲がいいのもみていた。
でもセックスの現場に遭遇するとは思わなかった。 近くまで来たので折角だからと陣中見舞に来た。役員会で承認され二人は取締役に就任した。 毎日忙しくしているのだろうと手土産を持って現れたのにドアノブに手を掛けた瞬間、武の艶やかな声が聞こえた。
「見なかった、ことにしてやってくれ…」 突然、背後から耳元で囁かれ、更に心臓が飛び跳ねた。 「岡部さん」 「私から言っておく。だから福永社長には…」 「私は、告げ口するタイプに見られているんですね?社長の娘に気に入られて婿になり、いずれ経営陣に無条件で迎えられる、そんなにラッキーな男は自分の得になることしかしないと…」 岡部さんは慌てて僕の口を押さえた。 「すまん、そうじゃない。道徳観念が無さ過ぎるのはシニアとして至らぬからだと思ってだな…」 なんだ。又シニアか。 「シニアにとってジュニアは永遠に気掛かりな存在なんですか?確か柴田さんのシニア、岡部さんでしたよね?彼にはそんなに…」 「私じゃない、武と同じ安藤さんだよ。」 そこまでと言うように僕の背を押した。
渋々承知したが本心は逃げ出すことが出来てホッとしている。 あまりにも生々しい現場を目撃してしまった…
「なんか顔色悪くないか?」 営業所に戻ると、柴田さんが声を掛けてきた。 「岡部さんが田中に謝っていたと伝えてくれってさ。何があった?」 「別に、なんでもないです。」
脳裏に昼間見たことが蘇り、顔が熱くなる。柴田さんの顔がまともに見られない。 なんか、おかしい。 「田中さん」 事務の女性に呼ばれ、その場を逃れた。
そして逃げるように帰宅したのだった。 「晴秋さん」 家に着くなり、僕は正海の身体を求めた。大丈夫、僕は普通だ。
どうかしていたんだ。二人のセックスを見て、こともあろうか、柴田さんならそうなってもいいと思ってしまった。 大体、どうしてこんなに彼に固執するのか、自分で自分がわからない。
「悪い、気付いてたんだけどさ、止まらなかった。」 翌日、携帯に横山からメールが来ていた。具体的には書いていないが明らかに恥態に対することだ。なんと返信するか悩んだ。 「どうしたんだ?昨日から」 柴田さんが必要以上に僕を気に掛けてくれているということに、ここへ来て気付いた。他の人への配慮もあるだろうが明らかに違う。 「んー、言えないんですよね」
約束だから。 「そうか」 なんで?どうしていつもみたいに何度も聞いてくれないんだろう… 自分にとって一番ショックなことが何か、やっとわかった。 「は?」 柴田さんが振り返る。 「横山と?おなじ?」 「はい。好き、です。」 理解出来るわけないだろう。僕だって信じられない。 「田中。お前さ、子供いるだろ?俺もいるんだ。 それにさ。俺にとってお前は家族なんだ。息子だな。そしてお前にとって俺も親父なんだ。だからそばにいたいと思う、気に掛けたい、掛けて欲しいと願うんだ。」 もっともらしく諭された。 拒絶されるのは分かっていた。だけど好きなんだ。その手に抱かれたい…その時、柴田さんの腕が僕を抱き締めた。 「欲情したか?」 欲…情
「…いえ」 僕のペニスはピクリとも反応しない。 「そういうことだ、お前は親父に欲情しないけど好きだろ?」 頷きながら納得した。 そう言うことか。 「正海さんとの結婚式の写真は飾るだろ?けど俺たちといった社員旅行の写真は多分お菓子の箱だ。」
当たり。 「だれにも一度は同性に憧れ以上の感情を抱くことがあるらしい。それを恋と錯覚したら先へは進めないんだ。俺は光希と子供たちを愛している。同じ様に田中のことも愛している。家族なんだ。」 そうか。 僕はつくづく自分が流されて生きてきたと気付かされた。 確信した。 柴田さんが好きなんだ。
柴田さんの包容力に圧倒され、欲している。 でも、この歳になって抱き締められて嬉しいのは、親父では無理です―― 自分が一番大切な人と守らなければいけない人は別なんだと、自覚した。 だから迷わない。
僕はそっと、唇を重ねた。
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