古代の罰金刑


  ● ハンムラビ法典(紀元前20世紀)
犯罪の種類被害者が上流階級被害者が平民被害者が奴隷
目を損なう加害者の目を損なう銀60シキル奴隷の値段の半分
骨を折る加害者の骨を折る銀60シキル奴隷の値段の半分
歯を折る加害者の歯を折る銀20シキル 
頬を殴る銀60シキル銀10シキル 
殴って殺してしまう銀30シキル銀20シキル 
女性を殴って流産させる銀10シキル銀5シキル銀2シキル
女性を殴って殺してしまう加害者の娘を殺す銀30シキル銀20シキル
  目には目を、歯には歯を、で有名なハンムラビ法典です。
  第196条 もしアヴィール(上流階級)がアヴィール仲間の目を損なったら、彼らは彼の目を損なわなければならない。
  第198条 もし彼がムシュケーヌム(平民)の目を損なったか、ムシュケーヌムの骨を折ったなら、彼は銀1マナ(60シキル)を支払わなければならない。
  シキルとは重さの単位で、約8.3グラム。別のところの条文などから、銀1シケルは、当時の労働者の1ヶ月の労賃、また大麦300リットルの値段だったようですから、その価値が推測できます。
  【出典】中田一郎訳、「原典訳・ハンムラビ法典」、古代オリエント資料集成1、リトン、1999

古代メソポタミアの円筒印章(イミテーション)
紀元前33〜3世紀

  ● ローマの12表法(紀元前5世紀)
犯罪の種類罰金(アス)
自由人の手足を不具にした300
奴隷の手足を不具にした150
侮辱25
  紀元前451年、当時法を独占していた貴族に対して、平民階級が立ち上がり、法制定委員会を設置し、翌年に十二表法として完成しました。
  ただし、ローマが貨幣制度を整えたのは紀元前289年ころです。

ローマの6分の1アス銅貨
紀元前3世紀
41.25g 33.5mm 厚さ11.6mm

  ● マウリア王朝の「実利論」(紀元前3世紀)
犯罪の種類刑罰罰金(パナ)
霊場荒らし、巾着切り、かっぱらい
  〜初犯のとき
中指(または人差し指)と
親指を切る
54
同上 〜第二犯5本の指を切る100
同上 〜第三犯右手を切る400
同上 〜第四犯死刑 
鶏・マングース・猫・犬・豚を盗むまたは殺す鼻の先を切る54
車・舟・小動物を盗む片足を断つ300
盗賊や密通を幇助 〜女のとき耳と鼻を断つ500
同上 〜男のとき耳と鼻を断つ1000
大きな動物・奴隷を盗む両足を切る600
バラモンを手や足で打つ片手と片足を断つ700
王の嫌がることを告示する盲目にする700
盗賊や密通者を解放する、王勅を改竄する、
金銭と女を奪う、詐欺的な商人
左手と両足を断つ900
神殿の財物を盗む死刑500〜1000
  紀元前317年ころ、チャンドラグプタが北インドを支配していたマガタ国を倒し、マウリア王朝を創始しました。 このチャンドラグプタには、カウティリヤという名参謀がいました。 彼の作品と伝えられる『実利論(アルタ・シャーストラ)』という本があります。 この本で示している罰則の一部です。
  体罰の代わりに罰金で支払えることもできたようですが、当時の庶民の年収と比べると、支払えるのは苦しそうです。
  「実利論」に出てくる年収の基準:
  中流役人 年収500パナ
  下流役人 年収250パナ
  下層民  年収120パナ
  最貧層  年収60パナ
 【出典】カウティリヤ著、上村勝彦訳、「実利論」、岩波文庫、1984

マウリア王朝のパナ銀貨
紀元前3世紀
3.5g 19〜20mm / 3.1g 13〜21mm

  ● 秦の法律(紀元前3世紀)
盗んだものの価値刑罰備考
1銭未満労役30日 
1銭以上、22銭未満罰金5000銭罰金が支払えないと労働で支払う
22銭以上、110銭未満罰金1〜2万銭最高は4万銭との説もある
110銭以上、220銭未満軽い労役決して軽くない
220銭以上、660銭未満重い労役ほぼ終身刑か
660銭以上額に入墨の上、重い労役奴隷なみの扱い
  秦は法治国家として有名です。 盗んだ物の価値によって、刑の重さが決まっていました。
  罰金が支払えないときは1日8銭(食事つきだと6銭)の割合の労働で支払うこともできましたが、5000銭の罰金を支払うためには2年くらいかかります。 刑期についての定めは不明ですが、これから考えると、「軽い労役」といっても懲役10年くらいでしょうか。 「重い労役」は・・・。
  また、5人以上で徒党を組んで盗賊を働いたときは、金額によらず「額に入墨+鼻をそぐ+重い労役」という、殆ど死刑に近い重罪でした。
  なお金額に11の倍数が多いのは、当時「布1枚=11銭」の規定があったからです。 (布は麻布で、1枚は8尺×2.5尺。1尺は約23cm。) 
  【出典】松崎つね子、「中国古典新書続編24・睡虎地秦簡」、明徳出版社、2000

秦の半両
紀元前3世紀
7.3g 36mm
半両銭1枚が1銭です

  ● フランク王国のサリカ法典(6世紀)
犯罪の種類罰金(デナリウス)
偽 証600
裁判所の召喚に出頭しない600
信約を果たさない600
信約の期限を1日延長する120
窃盗乳のみの豚120
子豚40
2歳の豚600
1,400
中傷いわれのない中傷600
他人をおかまと呼ぶ120
他人を糞野郎と呼ぶ120
他人を娼婦と呼ぶ1,800
傷害手足の切断4,000
手の傷害2,500
殺人の賠償金通常のフランク人8,000
国王の従士24,000
子供、女性24,000
通常のローマ人4,000
国王陪食役のローマ人12,000
  フランク王国の建国者クロービス王の時代、フランク族の一派サリ族が510年ころに定めた部族法典です。 後世のゲルマン諸民族の法典に大きな影響を与えたといわれています。
  罰金の単位「デナリウス」は、ローマの貨幣単位ですが、この当時西ヨーロッパでは貨幣経済は全く衰退し、殆ど形骸化していた単位です。 また、40デナリウスを1ソリダスと呼んでいました。 後世、「デナリウス」は「ドゥニエ」や「ペニー」などと名を変えて西ヨーロッパの貨幣単位の基準になりました。
  【出典】野崎直治編、「概説西洋社会史」、有斐閣選書、1994
      「西洋中世史料集」、東京大学出版会、2000
      歴史学研究会編、「世界史資料5」、岩波書店、2007

ノルマンジー公国のドゥニエ銀貨
10世紀
20〜21mm  1.0g
「ドゥニエ」は「デナリウス」のことです



窃盗の場合
盗品の価値刑罰
無価値40
1両以下50
1両以上60
10両以上70
20両以上80
30両以上90
40両以上100
50両以上1年
60両以上1年半
70両以上2年
80両以上2年半
90両以上3年
100両以上一等
110両以上二等
120両以上三等
300両以上
   
強盗の場合
盗品の
価値
兇器を
使わないとき
兇器を
使ったとき
無価値2年二等
5両以下2年半三等
5両以上3年
10両以上一等
15両以上二等
20両以上三等
30両以上
  明治の刑法

  江戸時代、10両盗むと首が飛ぶ、との俗説がありますが、明治3年に制定された『新律綱領』では、盗んだものの価値によって刑罰が決められていました。
  このときの刑罰は、古代律令制度の「五刑」、笞(むち打ち)、杖(むち打ち)、徒(懲役)、流(流刑)、死(絞り首と斬首)でした。 罰金刑はありませんでした。 右の表はこの一部で、初犯のときの規定です。 再犯のときはもっと重い刑罰でした。
  この時代、ひと家族が人並みの生活をおくるには、月5両程度必要でした。 5両は現在の20万円くらいでしょうか。 匕首を突きつけて5両以上強盗すると、死罪だったのです。
  この法律は、明治6年に改定されるまで有効でした。

  【出典】「明治ニュース事典」、毎日コミュニケーションズ、1983


2005.9.4  2006.6.25「明治の刑法」を追加