Dr.Ken's Mac News | Ken's Mac History |
出会いは突然に
僕がマックと出会ったのはもう10年も前.ヘキストジャパンという外資系の会社に勤めていたころでした.当時NECのPC9801VXか何かを使ってロータス123などで簡単なマクロを組んだりして仕事に役立てていました.
その頃,アメリカに留学していたひと(かなり年上でした)がSE30とLaserWriter NTXを持って,中途入社しました.そのひとがオーバーヘッドプロジェクターを使って,仕事の発表をしたのですが,その文字なめらかだったこと!98のギザギザ文字か,タイプの無味乾燥な印字文字とはまったく次元のちがう世界でした.どうやって作ったのか聞いたところ,マックというコンピュータを使ったのだと...
それからヘキストの研究所はあっという間にマックに染まっていきました.僕のいた研究室にもMacIIがはいり,隣の研究室にはMacIIfxが....それからは,プレゼンテーションや論文の図表を書くのが楽しみで仕方なくなりました.
はじめての自分のコンピュータ
会社を辞めるとき,これからはマックの無い世界では生きていけないと思った僕は,秋葉原に行きました.当時出始めた廉価版のマックを買うためです.一番安かったのがClassicというタイプで,68000プロセッサーを8MHzという驚異的(笑)なスピードで動かしていました.それでもRAMを4Mにして25万円ほどしました.おまけについてきたのが上の写真にあるSmack-a-Mac!というぬいぐるみでした.説明書がついていて,マックがクラッシュしたときにマックを窓から放り投げる前にこれを投げてくださいと書いてありました(笑).このぬいぐるみはアメリカに持っていったときにも大人気でしたが,僕以外に持っているひとに会ったことがありません.どうしてだろう?
Classicは偉大なり
Classicは本当によく働いてくれました.論文や学会発表の図表はすべてこの一台でこなし,ついでにハイパーカードを使って,いろいろわけのわからないスタックを作り始めたのもこの頃です.白黒の9インチディスプレーではA4縦書きの紙がはみ出てしまいましたが,それでもウィンドウを目一杯ひろげて,頑張っていました.でも出来上がったものを比べてみると,今のPowerMacで作ったものと大差ないのですから,マックがいかに完成されたものであるか,改めて驚いてしまいます.
PowerBook100
アメリカへの留学が決まり,荷物を船便で送るために一ヶ月半,Classicが使えないということになりました.今までのすべての資産がつまったマックでしたので,手許に無いと困ることになるのは明らかです.当時68040系のパワーブックが出始めた頃でしたが,そんな高価な買い物はできようはずも無く,Classicと同等のパフォーマンスがあればいいやということで,中古でPowerBook100を買いました.これにはモデム(9600bps)を内蔵させて,ついでにニフティーにも加入して通信の世界に踏み込むきっかけとなりました.
当時はアメリカからニフティーにつなぐ方法は国際電話しか無かったために,はじめの月の電話代は600ドルにも跳ね上がりました.市内通話ほとんどタダのアメリカでこの電話代は気違いじみており,ここらでニフはもうやめ!ということになります.そのかわりにアメリカで当時最大手だったCompuServeに加入.英語での通信を余儀なくされたわけです.でも,夜な夜な向こうのひととする英語のチャットはとても楽しくて,しゃべる方の英語にも随分影響したと思います.
Performa6112CD (PowerMac6100/60)
家族でよく行くスーパーの並びにStaplesという文房具屋さんがありました.そこではコンピュータも売っていたのですが,その片隅にマックコーナーがあり,当時のPerformaシリーズが置いてありました.この文房具屋さん,マックのことにはとんと無頓着だったらしく,そのおかげでマックが危ないといううわさが流れたころ,思いっきり値段を下げてくれました.Performa6112CDが$1900位まで下がったので思い切って買いました.とにかくディスプレーからなにから全部がひとつのでっかい段ボール箱に入ってるんだから,重いのなんの(^^;それでもなんとか部屋に運び入れて,起動したときの感動は今も忘れられません.今まで入っていたCompuServeがWorldsAwayというビジュアルチャットを始めたのもちょうどこの頃で,早速CDからインストール.Dr.Kenが生まれました.
今まで,自分のためだけに使っていたHyperCardの知識が,役にたつときが来たのもそれから間もなくでした.WorldsAwayでビンゴがはやり始めたとき,「マックではビンゴもできない」とバカにされたのがくやしくて,自分でビンゴカードを作りました.ハイパーカードは本当にこういう時フレキシブルに対応してくれる最高のプログラミング環境だと今でも思っています.今ではバージョンも2.1まであがったこのカード.度重なるWorldsAwayプログラムのアップデートにもいとも簡単に対応してきました.マックのプログラムに厳しい決まりごとがあるのもこういうときには本当に助かります.
現在はNewerテクノロジーのMaxPowerG3を装着。外付け1GBハードディスクとメモリ増設で、完全にかつての栄光を取り戻しました。アクセラレーターでここまでパワーアップするマシンも珍しいのではないでしょうか(笑)。もちろんOS8.5が入っており、大学のネットワークに直結してますので好きな時に好きなだけSherlockできます。そしでみつけたのが最強の6100を創る会。これ程人気のある機種だとは思っていなかったので感動です。
PowerMac7300/180
英語版と日本語版のシステムは速度感が驚くほど違います.日本人で英語システムオンリーで使っているひとはこの軽快感ゆえにだと思います.6100を日本語に切り替えたとき,その遅さに,日本語なんかコンピュータで使うなー!と思ったのですが,日本語には日本語の良さがあるのだから,コンピュータのパワーでなんとか対応すべきであるという結論に達しました.その頃,Performaのディスプレーが煙を吹いてこわれました.これは電源部のハンダが熱で溶け,接触不良を起こしたためと判明し,自分で直すことができましたが,結局14400モデム,こわれかけのディスプレー,2XのCD-ROMではこれからのインターネット環境にはついていけないという気がしていました.
うまい具合にその時,京都で開かれるマックのセミナーの記念に,大学の生協が7300/180をスペシャルプライスで放出しました.QuickTake200もついて21万何千円という値段は,今考えても安いですよね.しかも1万円キャッシュバックキャンペーン中.最近出たG3プロセッサーカードも使えるしね.これは結局自宅だけでなく,研究室にも2台導入して,なぜかデジカメがそこら中にころがることになってしまいました(^^;
自宅にはISDNを導入し,最近では,ビデオ入出力用のカードの増設とカラープリンターを接続しました.おかげで,僕の秘密銀行口座はすっからかん状態ですが,最近作った年賀状も家族には好評だし,このホームページもこの7300のおかげで充実したようなものだし,とても満足しています.
これからのこと
これから先,マックでやりたいことはまだ見つかっていません.でも,ある目的があってマックを使うというより,自分がやりたいことができたとき,それがどんなことであっても,役に立つのがマックだと思います.Windowsユーザーが,会社のパソコンと互換性がないと困るとか,ゲームのプログラムの数が多いからとか,わりと明確な目的(いいわけ?)をもってWintelマシンを買うのとひと味もふた味も違います.一時,ゲームのプログラムでも作ろうと思いC言語もひととおり勉強しましたがMarathonを超えるゲームは作れそうにないのであきらめています.でもこのことは,最近興味を持ち始めた生命現象のシミュレートを実現するのに役に立ちそうです.ひとまねで作ったTuringのReacton-Diffusion理論プログラムは,これまでまるで別のものだったコンピュータと生命を僕の頭の中で結びつけるのに充分なインパクトを与えてくれました.まだどう発展するかわかりませんが,手許にマックがある限り,なにかとてつもない事ができそうな気がします(才能と運があったらの話ですけどね).
(おわり)