The Art of STEPHEN KING

日本語で読めるスティーヴン・キングの著作
作品のストーリーに触れる場合があります。くれぐれもご注意のほど。

スティーヴン・キングのホームページ作成に伴い、現在再読中です。
読後次第順次更新いたしますので、完成までしばらくお待ち下さい。


BLUE BUTTON 痩せゆく男 Thinner翻訳:真野明裕 文春文庫

BLUE BUTTON 骸骨乗組員
 Skeleton Crew
 ISBN4-594-00284-6 初版:1988/05/19 翻訳:矢野浩三郎・他 扶桑社ミステリー文庫
 「霧のなかに何かいるぞ!何かがジョン・リーをさらっていった!何かが・・・」7月19日の夜、メイン州西部全域はかつてない激しい雷雨に見舞われた。しかし、嵐の後に襲ってきた”霧”こそが真の恐怖だった。濃密な”霧”は街をおおいつくし、住民をスーパーマーケットに閉じ込めてしまう。極限状況からの脱出を試みる人々の動揺と冒険を描く中編「霧」。シカゴのギャングたちの結婚式で演奏したジャズ・バンドの災難「ウェディング・ギグ」など、恐怖小説の第一人者がいま、異次元への扉を開く!

 キングの短編集Skeleton Crewの翻訳第一分冊である。収録されているのは、「序文」「握手しない男」「ウェディング・ギグ」「カインの末裔」「死神」「ほら、虎がいる」「霧」の6編と序文である。結論から言うと、やはりキングは長編である。と言うことを再認識させられてしまう。
 まあ、「霧」は良い出来ではある。設定は完全なB級ホラーであるが、読後の感想としては、非常にリアリティがあり、特にラストの曖昧な表現がそうさせている。本当にあったらどうしようと思わせる恐い小説である。
BLUE BUTTON 神々のワード・プロセッサ
 Skeleton Crew
 ISBN4-594-00285-4 初版:1988/05/19 翻訳:矢野浩三郎・他 扶桑社ミステリー文庫
 事故で死んだジョナサンが伯父リチャードのために作ったワード・プロセッサ。それは一見、なんの変哲もないワープロだったが、その機械の中にジョナサンは、ほんの少し、普通とは違う機能を組みこんでいた。
 不思議な力をもったワード・プロセッサを手に入れた男の運命を描いた表題作「神々のワード・プロセッサ」。テレボートされる少年の恐怖を描いたSF「ジョウント」、そして猿のシンバルの音にこめられた死の影「猿とシンバル」など、ホラーの王者キングの詩一編を含む恐怖と戦慄の六編。

 収録作品は、「パラノイドの唄」「神々のワード・プロセッサ」「オットー伯父さんのトラック」「ジョウント」「しなやかな銃弾のバラード」「猿とシンバル」の六編。キングの短編集Skeleton Crewの翻訳第二分冊である。
 キングお得意の「猿の手」の翻案の表題作。本当にキングは「猿の手」好きなんですね。タイトルだけで、原典がわかってしまう「ジョウント」シニカルで良い。青ジョウントで青色申告に行く。
 「オットー伯父さんのトラック」にしろ「しなやかな銃弾のバラード」にしろ「猿とシンバル」にしろ、なんだか、キングの長編の原形っぼい作品が多いような気がします。
BLUE BUTTON ミルクマン
 Skeleton Crew
 ISBN4-594-00281-1 初版:1988/05/19 翻訳:矢野浩三郎・他 扶桑社ミステリー文庫
 朝もやの中、どこからかやってくる不思議な牛乳配達が届けるのは、青酸カリやベラドンナ、あるいは毒グモ入りの牛乳だ。幻想的なショート・ストーリーの表題作。抜け道探しに熱中するトッド夫人が入り込んだ、木々が怪しくざわめき、見たこともない小動物がうごめく異世界を描く「トッド夫人の近道」。死んでいく老婦人ステラの前にあらわれ、彼女を死後の世界へといざなう美しい幻影「入り江」など、モダンホラーの王者キングが独自の幻想世界を妖しく描いた傑作短編集「スケルトン・クルー」完結編。

 収録作品は、「ミルクマン 1(早朝配達)」「ミルクマン 2 (ランドリー・ゲーム)」「トッド夫人の近道」「浮き台」「ノーナ」「ビーチワールド」「オーエンくんへ」「生きのびるやつ」「おばあちゃん」「入り江」の十作と、「原作者のノート」である。キングの短編集Skeleton Crewの翻訳第三分冊(完結編)である。
 本収録作品は、ふとしたきっかけで、不思議な世界に足を踏み入れてしまった人々の物語である。感覚的には、「トワイライト・ゾーン」のエピソードのような味わいである。本収録作品は、全てのキングの短編に共通するように、きちんと終了していないような印象は否めないが、ある一種の余韻を残したエンディングとなっている。
 牛乳配達の不思議な世界「ミルクマン」、異世界を通ってまで、近道を探求続ける「トッド夫人の近道」、湖の浮き台で、謎の生物に襲われる「浮き台」、殺人を犯し続ける男の意識の中の「ノーナ」、SF的なエッセンスを詰め込んでいながらキング色を損なわないテイストの「ビーチワールド」、キングの息子への詩「オーエンくんへ」、自分を切り刻んで食料にしながら生き残る「生きのびるやつ」、子供の他愛のない恐怖が現実のものになる「おばあちゃん」、爽やかな感動の「入り江」であるが、それほどの傑作は無いが、なかなかの水準策が続く。だが、長編読んでねって感じ。
BLUE BUTTON IT
 It
 (上)ISBN4-16-312840-9 初版:1991/11/15 翻訳:小尾芙佐 文藝春秋
 (下)ISBN4-16-312850-6 初版:1991/11/15 翻訳:小尾芙佐 文藝春秋
 (1) ISBN4-16-714807-2 初版:1994/12/10 翻訳:小尾芙佐 文春文庫
 (2) ISBN4-16-714808-0 初版:1994/12/10 翻訳:小尾芙佐 文春文庫
 (3) ISBN4-16-714809-9 初版:1994/12/10 翻訳:小尾芙佐 文春文庫
 (4) ISBN4-16-714810-2 初版:1994/12/10 翻訳:小尾芙佐 文春文庫
 ITはそこにひそんでいる。ITとしか呼びようのない姿で。ITは不意に立ち現れる。そして、むさぼりつくそうとする。
 ITとしか呼びようのないそいつのこわさ。
 これはたしかに前にも起こったことだ。ああ、でも、とてもこわい!

 ITにもう一度対さねばならぬ。故郷の町に、少年の日にもどって、あのおぞましい恐怖をのりこえ、愛と勇気を確かめるために。
 豊潤としかいいようのない傑作中の傑作。
 みんな。みんながここにいる。ITがまた出たら、またここにもどってこよう。きっとだ。

 一本の電話が、六人それぞれの平穏を破る。長いあいだ記憶の底に眠っていたものを、揺り覚ます。二十七年前、ある場所で、あることが起こった。そして、ひとつの約束がなされた。いま、その時がきたのだ。「さあ、帰るんだ、故郷の町へ」。だれもそれを止めることができない。たとえそれが、青天(ブルー)から暗闇(ブラック)へ渡ることになろうとも。

 デリーに近づくにつれ、消されていた記憶の細部が蘇る。洪水のあと、紙の小舟を浮かべに行ったジョージィの黄色いレインコート。血染めのレインコート。[荒れ地]の小川につくったダム。記念公園の給水塔。廃工場の大煙突。そこから現れた怪鳥。狼男。そして風船を持ったピエロ・・・あの、1958年の夏、子供たちがずいぶん消えた。

 精神病院のベッドで、男がむっくり身を起こし、月からの邪悪な声に耳を傾ける。町に戻った[はみだしクラブ]の面々を迎えたのは、チャイニーズ・レストランの怪、夜の図書館に出現したピエロ、などだった。いまデリーでは、あらゆる狂気が目をさました。それに対抗するには、みんなの記憶を繋ぎあわせ、ひとつの力とすることだ。

 二十七年前、一度七人はITと対決した、銀のばら玉を武器に。いや、それ以上の武器は、七人の友愛と勇気で結んだ”環”だった。そのときの”約束”にしたがって、彼らはいまここにいる。欠けた”環”を結びなおして、いま一度、ITと向かいあうのだ。町の下を、ITの棲み処めざして這い進む。デリーに新しいことが起こるのを信じつつ。

 オリジナルは1138ページ、ハードカバーは1131ページ、文庫は1930ページ、というキング最長・最大の作品である。構成も複雑を極め、伏線の正に嵐である。彼等の記憶の噴出と共に、時を溯る瞬間の表現も秀逸、手腕も見事である。その語り口により、膨大な数の散文が、記憶の断片が、忘れられた過去が、過去の出来事が、思い出された出来事が、物語を編み、縒り、練り、大河となり、奔流となり、我々をもてあそび、疾風怒濤、終末へと突き放す。

 キング曰く、「これは、幼年時代についての物語でね、人は自らの幼年期を再体験することでようやくその影響から脱却し、自分の子供の成長を目にすることで、悔いを感じることなく大人へと成長するのだ。という考えにもとづく内容。まちがっているかも知れないが、僕はそう思っているんだ。」とのことである。また、この作品の後、キングは「自分の頭よりでかいものは書かない。」ことを決心したのである。

 この物語のモチーフになっているのは、「勇敢な雄山羊ビリー」(3匹やぎのがらがらどん)"Bill Goats Gruff"である。

 しかし、よくこの長大な物語を時系列はもとより、空間まで、バラバラにほぐし、こんな形に見事に再構築したものである。ほんとに見事です。

 子供と大人、無知と熟練、無垢のエネルギーと鍛練を積んだ成熟。

 ITとの対決の場面が、今までの描写と比べると短いですね。

 子供は、暗闇を、力を信じる。大人は、プロセスを、結果を信じる。

 学校が

 2

 終わった!

 とにかく、頑張って読んでね。って、読め!

 カート・シオドマクの「ドノヴァンの脳髄」という小説の中で、水槽の中で脳髄だけになり生き続けるドノヴァンを科学者が殺そうとするシークエンスの中で、精神攻撃をかけてくるドノヴァンに対し、「カレハコブシヲグイグイトハシラヲオシユウレイガミエルトシツコクイイハル」という記憶術のフレーズを科学者が執拗に繰り返すシーンがある。
BLUE BUTTON ミザリー  Misery 翻訳:矢野浩三郎 文藝春秋 文春文庫

BLUE BUTTON トミーノッカーズ
 The Tommyknockers
 翻訳:吉野美恵子 文藝春秋
 (上)ISBN4-16-714813-7 初版:1997/05/10 翻訳:吉野美恵子 文春文庫
 (下)ISBN4-16-714814-5 初版:1997/05/10 翻訳:吉野美恵子 文春文庫
 せんじつめれば全て偶然のいたずら、あるいは運命でしかない。あの日メイン州ヘイヴンの森で、ボビ・アンダーソンが何物かにつまずいたことも、好奇心から地面を掘り返しはじめたことも。(ボビが大変なことになっている!)虫の知らせを感じ、訪ねてきたかつての恋人ジム・ガードナーは、驚くべき光景を目の当たりにするが。

 大量の乾電池などを使い、家庭の日用品をつぎつぎと改良していくヘイヴンの人々。町には不可解な死亡事故や失踪事件がが頻発している。森の奥深くからは、怪しい緑色の光が・・・。平和だったヘイヴンに何が起こっているのか?ボビはどこまで”進化”していくのか?SF的趣向とモダン・ホラーが渾然一体となったキング・ワールド

 何故か人類は、完全に掌握出来ない技術を実生活に投入する。昔からそうだった。今もそうだ。そしてこれからも・・・

 1987年キングは、「トミー・ノッカーズ」を最後に引退すると考えられていた。本作は、今までのキングの総決算的作品で、完成まで実に5年の歳月が費やされた。更に、セルフパロディにも満ちている。例を挙げると、「タリスマン」「IT」「デッド・ゾーン」「ファイアスターター」「痩せゆく男」「ペット・セマタリー」「クージョ」「最後の抵抗」「呪われた町」等々、更にはバンゴアに住むホラー作家すら登場する。

 文庫で上下巻、1200ページ以上の大作である。地中に数百万年前に墜落したらしい、異星の船が埋まっている。非常に高度な文明を持つはずの異星人が、何故か野蛮な生物で、”船”を掘り出す人間たち、”船”に関わる人間たちは、”進化”という名をかりて”船”の、トミー・ノッカーズの道具となっていく。新しい技術、新しい道具、そして新しい身体。偶然が、世界を破壊し、全てを崩壊へと導く。生き残るのは、純粋な心の持ち主。予定調和的な、しかし、そうならざるを得ない結末。自己を犠牲に、世界を、孫を、友人を救う男達、”美しき敗北者”。
BLUE BUTTON 暗黒の塔U ザ・スリー
 The Dark Tower II:The Drawing of the Three
 翻訳:池央耿 角川書店
 ISBN4-04-2782035 初版:1999/05/25 翻訳:池央耿 角川文庫
 黒衣の男を追い、暗黒の塔をもとめて、果てしない旅を続ける拳銃使いローランドの前に突然現れた不思議な扉。その向こうには、現実世界のニューヨークが広がっていた。ローランドは扉をくぐり、不可思議なこの旅をのカギを握る三人の人間たちに巡り合う。
 麻薬の運び屋で自らもジャンキーのエディ、両足を事故でなくした、若くて美しい二重人格者の黒人女性オデッタ、そして中年の無差別連続殺人鬼モート。三人との出会いによって、ローランドはまたさらに暗黒の塔への駒を一つ進めた・・・。
 著者畢生のカルト・ファンタジー、シリーズ第二弾!

 最初に「ザ・スリー」を読んだのは「ガンスリンガー」の読後、しばらく経ってからだった。今回の再読は「ガンスリンガー」の再読直後だった。2作品を続けて読み、最も印象に残ったのは「翻訳が異なるのではないか」ということである。前作「ガンスリンガー」の翻訳に存在した、骨太でスタイリッシュな、ある種カタルシスすら感じさせる大時代的な素晴らしい翻訳が「ザ・スリー」では、あまり感じられないのである。確かに、古語的な雰囲気は、そこここにはあるものの、前作「ガンスリンガー」と比較すると、そういった表現は絶対的に不足している。まぁ、実際には「ザ・スリー」の舞台の大半が我々の現実世界であるため、こういった翻訳になっているのかも知れないし、もしかすると、前作「ガンスリンガー」の翻訳の評判が悪かったのかも知れない。
 とは、言うものの「ザ・スリー」は滅法面白いのだ。
 「ザ・スリー」は前作「ガンスリンガー」と比較すると、所謂一般のキングの作品に近い印象を読者に与える。従って、普段のキングの作品にあるような、どこにでもいる普通の登場人物が、突然極限状態に叩き込まれるという、キングの文法に括れない「暗黒の塔」シリーズを敬遠していた一般のキング・ファンにもオススメの1冊に仕上がっている。また「ザ・スリー」は、ダイナミックなアクション巨編にもなっているし、クライム・ノヴェルやラヴ・ロマンスの一面をも持っており、「スタンド・バイ・ミー」や「刑務所のリタ・ヘイワース」、「グリーン・マイル」以外のキングの作品を毛嫌いしているような読書ファンにもオススメだったりする。

 今回「ザ・スリー」を読んで「タリスマン」やトールキンの「指輪物語」を読みたくなってしまった。特に「指輪物語」はすぐにでも読みたい。というのも「暗黒の塔」と「指輪物語」の相似点は凄まじいものがあるような気がするからである。「指輪物語」を読めば、より一層「暗黒の塔」シリーズを楽しめるのではないだろうか。余談だが「指輪物語」の旧訳の読みづらさは「ガンスリンガー」の文法に通じるものがあるのかも知れない。因みに「指輪物語」の新訳も充分カタルシスは感じられるが。念の為。

 完全に余談だが「ザ・スリー」の原題の "The Drawing of the Three" の "draw" とは、カードを「ひく」とか、拳銃を「抜く」という意味なのである。含みがあってよろしい。
BLUE BUTTON ダーク・ハーフ
 The Dark Half
 ISBN4-16-313430-1 初版:1992/09/15 翻訳:村松潔 文藝春秋
 (上)ISBN4-16-714811-0 初版:1995/10/10 翻訳:村松潔 文春文庫
 (下)ISBN4-16-714812-9 初版:1995/10/10 翻訳:村松潔 文春文庫

 ジョージ・スタークなる別名で暴力小説を書いていた純文学作家サド・ボーモントは、そろそろ本来の自分にもどりたくなった。 そしてペンネームを葬ることにし、墓碑銘にこう書いた。
ジョージ・スターク
1975〜1988年
あまりいいやつではなかった

 これがすべての始まりだった。

 売れない純文学作家サド・ボーモントには、世間に知られていないもう一つの顔があった。血なまぐさい犯罪小説を書く、 ジョージ・スタークなるベストセラー作家の顔が。本来の自分の仕事に専念したくなったサドはある日、すべてを公表し、 ペンネームを葬り去ることにする。それがどんな悪夢の幕開けになるかも知らずに・・・・。

 凄惨な殺人現場に残されていたのは、そこにいるはずのない自分の指紋と血で書かれたメッセージ。 容疑がかかるサドに「影の半身(ダーク・ハーフ)」の復讐の手が徐々にしのび寄る。対決の日、 何か強烈な力に呼び起こされたのように、おびただしいスズメの群れが辺り一面を覆いつくした! 作家と抹殺されまいとするペンネームの壮絶な戦い。

 スティーヴン・キングのペンネームであるリチャード・バックマンは、1985年に癌で亡くなるまでに4編の長編小説と未出版の 原稿を残している。この作品は、本書の「著者からの註」−−わたしは故リチャード・バックマンの助力とインスピレーション に多くを負っている。彼なくしてこの小説は書けなかっただろう。−−にあるように、そのバックマンに負っている部分が多い。 と言われている。本書の最大のコンセプトは、主人公の作家によって、恣意的に葬られてしまったペンネームが、 甦ってきたらどうなるだろう。というものである。

 また、本書はメイン州の小さな町キャッスルロックを舞台にした小説であり、「IT」後の、小説家を恐怖が襲う。 という一連の作品群(「ミザリー」、「トミーノッカーズ」、「ダーク・ハーフ」)の一作品となっている。

 自分が創造した生物により、創造主が復讐されるという物語は、「フランケンシュタイン」という傑作があるが、創造主からの 些細な愛を求める被創造者であるジョージ・スタークの存在が非常に悲しい。
 この物語は、暴力でしか語ることの出来ない男の、自らが存在し続けるための聖なる戦いなのである。更に本書は「フランケン シュタイン」の物語を精神的に哲学的に昇華したものである。と言うことができるだろう。
 悲劇的な側面はあるものの、勿論本書は、ホラー小説としても、及第作である。特に生理的な恐怖感を煽る表現は秀逸である。 これは後の「ジェラルドのゲーム」にも通ずるものがある。

BLUE BUTTON ランゴリアーズ Four Past Midnight I
 Four Past Midnight
 翻訳:小尾芙佐 文藝春秋
 ISBN4-16-714818-8 初版:1999/07/10 翻訳:小尾芙佐 文春文庫
 真夜中のジャンボ機−−−眠りから覚めた者たちを驚愕が襲う。たった11人を残し、他の乗客がみな消えているのだ。しかも眼下にあるはずの街まで・・・・・・想像を絶する危機と戦う男女を描く表題作。盗作疑惑に追いつめられる作家の物語「秘密の窓、秘密の庭」。中篇集と称しながら、実は長篇二作分の分量の作品を収録した贅沢な一冊。

 本書は中篇集 "Four Past Midnight" の翻訳2分冊のうちの第1冊目である。この中篇集も「恐怖の四季」"Different Seasons" 同様4篇の中篇小説からなりたっている。 収録されている作品は「ランゴリアーズ」「秘密の窓、秘密の庭」「図書館警察」「サン・ドッグ」の4篇であり、前半の2作品が本書「ランゴリアーズ」に収録されており、後半の2作品が「図書館警察」に収録されている。

 「ランゴリアーズ」は不思議な世界に迷い込んだアメリカン・プライド29便と偶然そのジャンボ旅客機ボーイング767に乗り合わせた人々の不思議な世界での冒険の物語である。舞台設定は所謂「トワイライト・ゾーン」系。しかしこの物語は実世界で度々起こるバミューダ・トライアングル等の航空機、船舶の失踪という超常現象のあるひとつの科学的回答となっている。この科学的回答は論理的に考えても真実である可能性を信じることが出来る素晴らしい発想である。
 今回再読して感じたのは、この物語ではキング特有の濃密で濃厚な描写が、緊迫感溢れる物語のスピード感を殺している点である。迫り来るランゴリアーズ軍団に対し、物語の主人公達はやたらと長い議論や実験に終始する。これは既に全てを知りつつある読者に恐ろしい程の焦燥感と苛立ちを与える。これは一見この物語の最大の短所のような印象を受けるが、はたして実は計算された素晴らしい長所なのかも知れない。
 更に印象に残ったのは爽やかなラスト・シーンである。とある青春の最後の1ページ、燃え尽きる瞬間を非常に爽やかな感動とともに描き切っています。読後の感覚としては「アメリカン・グラフィティ」や「明日に向かって撃て!」「卒業」等のラスト・シーンのような印象を受けた。音楽が流れ、エンディング・ロールの存在を期待してしまう。
 また「ランゴリアーズ」はABCテレビでミニ・シリーズが制作されており、非常に素晴らしいテレビ・ムービーに仕上がっている。(ローレル・エンターテインメント作品 / 1995年放映 / ABCテレビ / 180分 / 監督:トム・ホランド / 出演:パトリシア・ウェディング、ディーン・ストックウェル、ブロンソン・ピショット、ディヴィッド・モース、ケイト・メイバリー、マーク・リンジー・チャップマン)日本国内での放映権はNHKが保持しており、時々深夜枠で放映されている。
 余談ですが、主人公の名前についての考察を行いました。今回の主役はニック・ホープウェル(英国公務員)です。綴りは "Nick Hopewell" "nick" は名詞では「刻み目」、動詞で「刻みを付ける」という意味らしいですが、深読みをするならば「物事が上手くいくための刻み目、滑り止め」「物事を上手く運ぶために段取りを付ける」のような解釈ができます。"hopewell" は "hope" と "well" に分ける事が出来ます。"hope" は多分そのままでしょうが、"well" は普通に考えると「良い」だと思います。が「井戸とか縦穴」という意味もあります。「希望の縦穴」なんて結構良い名前ですよね。良い意味と悪い意味に取れる素晴らしい名前ではないでしょうか。

 「秘密の窓、秘密の庭」は、俺の小説をどうやって盗んだんだ。と因縁を付けるある男と、その小説の剽窃を誹謗された小説家の戦いの物語である。残念ながら、ありがちな話、ありがちな展開、と言わざるを得ない。ラスト直前の展開では、キングにあるまじき印象を受ける。「ジェラルドのゲーム」のように、神の、作者の意志を感じ、誤解を生じさせる手法が、ある種一貫性があるものの、ある意味キングらしくないような気がする。まぁ気分は「エンゼル・ハート」や「レイジング・ケイン」である。と言ってしまうとネタバレになってしまうのでしょうかね。なんとなく、主人公のモートン・レイニーは私のイメージではジョン・リスゴウであるけど、いかがなもんでしょうか。
 作家が主人公と言う点から、「ミザリー」や「ダークハーフ」との関連性が気になる。これも、作家としての恐怖を十二分に描いているのだ。作家としての力量が強大な場合、虚構が現実を食らってしまうのであろうか。
 ネタバレを避けるあまり、結局何を言っているかさっぱり解らない文章になってしまった。これは、何も知らずに読んだ方が断然楽しめるだろう。と思いのだ。
BLUE BUTTON 図書館警察 Four Past Midnight II
 Four Past Midnight
 翻訳:白石朗 文藝春秋
 ISBN4-16-714819-6 初版:1999/08/10 翻訳:白石朗 文春文庫
 あの図書館には何かがいる。不気味な貼り紙、冷酷な司書、期日に本を返さないと現れる図書館警察。幼い頃の恐怖が甦り、サムの心を侵す。戦え、心の闇を消し去るのだ−−−恐怖に対決する勇気を謳い、感動を呼ぶ表題作。さらに異界を写すカメラがもたらす破滅を描く「サン・ドッグ」。翻訳者+装幀者による巻末の解説座談会も必読。

 本書は中篇集 "Four Past Midnight" の翻訳2分冊のうちの第2冊目である。収録されている作品は「図書館警察」「サン・ドッグ」の2篇である。

 「図書館警察」
 僕等が少年だった頃、図書館の規律は厳格であった。返却期限は堅牢なものであったし、おしゃべりも厳禁、外套やバッグを持ったまま図書閲覧コーナーへ入ってはいけない。これらのルールは当然の事であり、ルールを破る、というような発想すらわかなかった。僕等は50円で自動販売機で買ったファンタ・ゴールデンアップルをボトルから飲みながら借りたい本を選んでいた。書架は限りなく高くそびえ、僕等は本のすえたにおいの中、スチームの音にさえ、ある種の恐怖を感じていた。
 こういうバックグラウンドの中、本書を読んだ訳であるから、当然ながら本書は少年時代の恐怖を描いたものであり、「IT」の少年時代の追体験が出来ると確信していた。私の期待はある意味裏切られ、ある意味充足された。本を返すことが出来なかったのはサム・ピープルズ、良い大人である。図書館の司書は過去からやって来た女、アーデリア・ローツ。サムの少年時代の図書館警察の記憶が甦る。これは「あれ」の物語なのであろうか。
 「アーデリアという皮を一枚めくれば、そこには人間でないもの、”それ”としかいいようのないものが隠れてたんだ。」
 そしてサムの最大の武器は「力を信じる力」なのである。キングの永遠のテーマがまたやって来たのだ。
 恐怖の実体が判明し、過去の出来事が語られ、失われた過去の記憶が甦る。こういった濃厚な描写は相変わらず素晴らしい。が、ラストの対決は一般の読者にはいかがなもんであろう。「力を信じること」が出来ない読者には何ともお勧めできないような気がする。
 ダーティ・デイブは良い奴だ。
 舞台はジャンクション・シティ。スティーヴン・キングやシドニィ・シェルダンの本が図書館には揃っている街。ゴーントさんがキャッスル・ロックの次に選んだ街がジャンクション・シティなのである。

 「サン・ドッグ」
 キャッスル・ロックに住む少年ケヴィン・デレヴァンと呪いのカメラ:ポラロイド・サン660、そして「エンポーリアム・ガローラム」の主人レジナルド・ポップ・メリルとポラロイドヴィルの物語である。
 例によってキングお得意の濃厚な描写。この物語は本編自体が非常に短いので、物語進行上の濃厚な描写のおかげで、物語に本来必要とされるであろうエピソードが欠落している印象を受ける。本編に関係あるエピソードしか語られていないのだ。
 しかも「図書館警察」と同様に「力を信じる力」が語られます。一般の読者的にはちょっと厳しいかな。という感じです。ついでにラストが何とも若干ピンチな気がします。しかし、ケヴィンにとっての「サン・ドッグ」はある種の通過儀礼であり、ラストでは既に成長したケヴィンの姿を見る事が出来る。ついでに余談だが、ラストの対決のセリフは「ジョーズ」のロイ・シャイダーのセリフを彷彿とさせる。セリフで時が止まってしまうのだ。
 因みに「ニードフル・シングス」で破壊されてしまっていた「エンボーリアム・ガローラム」の跡地が登場します。
BLUE BUTTON ニードフル・シングス
 Needful Things
 翻訳:吉野美恵子文藝春秋
 (上)ISBN4-16-714815-3 初版:1998/07/10 翻訳:芝山幹郎 文春文庫
 (下)ISBN4-16-714816-1 初版:1998/07/10 翻訳:芝山幹郎 文春文庫
 平穏な田舎町キャッスルロックに骨董屋が開店した。店主は素性の知れぬよそ者、でも客はみな目を見張る。欲しくてたまらなかった品々が格安で手に入るのだ。条件はひとつ、店主に頼まれた「いたずら」を実行すれば・・・。キング作品でおなじみの町に、またも怪異が襲い来る。かつてないスケールと破壊力をそなえた大破局が!

 隣人同志、恋人同士、カトリックにバプティスト。町の人々を憎悪が侵す。包丁、拳銃、果てはダイナマイト。容赦ない殺戮に町が崩壊してゆく。骨董店主が笑いながら見つめる中で・・・。「スタンド・バイ・ミー」「クージョ」「ダーク・ハーフ」のあの町をキング自身が情熱をこめて葬り去る、完全破壊の恐怖と愉悦あふれる渾身のの大作。

 ある心理学者の説によると、完成された人間の個性や性格は90%の潜在意識と10%の顕在意識から構成されている。ということである。従って対外的な行動のうち自分で制御出来る人間の行動はたった10%の顕在意識が把握している部分だけである。従って上手に背中を押された場合多くの人間はそのひと惜しに抵抗する術を持たないのである。
 ゴーントさんの仕事は、人間の背中を押すことである。軽いひと押し、大きなひと押し、求められたひと押し、拒絶されたひと押し。ゴーントさんは、そのプロフェッショナルなのである。
 そして、ゴーントさんに背中を押された人たちは、破滅への一歩を軽い気持ちで進めるのである。取り返しのつかない一歩を。
 そのゴーントさんの力に対抗できるのは、無垢の力。魔法の力。そして一番重要なのは、それを信じる心の力。

 この小説では、キングの小説で繰り返し語られている、魔法の力を信じる心の力が、悪の力と直接的に対決する。同じ構図の他の小説と比較すると非常に解りやすい対比の構造が描かれている。その舞台は既にキングのモノから読者のモノになっている、かの「キャッスル・ロック」。そして、この小説で「キャッスル・ロック」は完全に崩壊する。らしい。私は、全然崩壊したような印象を受けなかった。町に巣食う闇の、光の力は強大で、こんなことじゃ町は滅んだりしない。というのが、いつものキングの語り口のような気がするのだが・・・。

 私たちの愛する「キャッスル・ロック」がこの程度の話で、ゴーントごときの悪の力で完膚なきまでに崩壊してしまうのは、心外であり、全くもってけしからんのだ。

 この小説は、原則的に3人称小説であるが、ラストの対決部分以外でのゴーントが登場する場面では、何故か「ゴーントさん」と翻訳されている。ちょっと違和感を最初感じてしまう。オリジナルではどうなっているのだろうか。謎である。
BLUE BUTTON ドロレス・クレイボーン
 Dolores Claiborne
 翻訳:矢野浩三郎 文藝春秋
 ISBN4-16-714817-X 初版:1997/12/10 翻訳:矢野浩三郎 文春文庫
 そう、たしかにあたしは亭主を殺したさ・・・30年前に夫を殺したと噂される老女ドロレスに、再び殺人の容疑が。彼女の口から明かされる二つの死の真相・・・皆既日食の悪夢のような風景のなかに蘇る忌まわしい秘密。罪が生み出す魂の闇。キングの緻密な筆がアメリカの女性の悲劇をあますところなく描き出す。慟哭の心理ミステリー。

 この作品はラストの一部分を除いて、全てがドロレスの途切れの無い独白という形式で構成されているという、文学的に見て非常に意欲的な作品である。然るに所謂一人芝居の舞台劇を観劇しているような印象を受ける。
 このドロレスの途切れない独白という形式から私達は、確固とした血の通った人間としてのドロレスを文章中から再現する事が出来るのである。従ってドロレスのキャラクターとしての描き込みはほぼ完璧である。と言えよう。
 しかし、この作品といえども、欠点が全く無い訳ではない。1つあげるとすれば、ドロレスがあまりにも饒舌で話術に長けている。という点であろう。私達読者はドロレスの語り口に感動すら憶える。全く持ってこれは、この作品の素晴らしい点にも感じられるが、洗濯家政婦というドロレスの役柄を超えた、神の(作者の)意図を感じてしまうのである。いくらドロレスの母親が愚かな女に育てなかったからといって、饒舌すぎる洗濯家政婦はリアリティに欠くのである。そして、あまりにも饒舌なドロレスの独白ゆえに、読者の、本作品への感情移入の度合いを阻害する感が若干ではあるが否めない。薮蛇である。

 ついでに、翻訳についてだが「ぴったしカンカン」とか「ゴーマン」だとか、正しい日本語に無い表現が散見される。このような単語により、私達はドロレスの世界から現実の世界へと確実に引き戻される。

 また、ラストの表現が感情移入を阻害する。ドロレスの独白で終わらせる事は極めて困難な性質を持った作品だとは思うが、もう一考して欲しい終わり方である。正に「キャリー」的な終わりかたである。

 "Claiborne" は "Cray" + "Bone" の暗示であろう。土と骨。最初の女性イヴはアダムの肋骨と土くれからつくられた。女性の苦悩はここからはじまるのである。

 この作品は「金太郎飴」的な楽しみ方も可能な作品である。本のどのページを開いても全てがドロレスの独白であり、語られる内容は二つの不幸な事件に関わる事のみである。偶然に開いたページで私達の読書感は即座にトップギアにシフトアップし、その時点で完全なる感情移入の状況に達するのである。

 私達は、ドロレスは太ったおばさんのような印象を受けるが、ドロレスは自分のことを「痩せっぽち」と表現している。私達の印象では、映画「黙秘」のキャシー・ベイツであり、本作品の献示の次に出てくるアレッサ・フランクリンである。

 本作品は「ジェラルドのゲーム」とペアになっている。

 * 「洗濯家政婦」という表現に他意は無い。本作品中の、ある種ステレオタイプ的な「洗濯家政婦」の与える印象を基に本感想を記述している。
BLUE BUTTON ローズ・マダー
 Rose Madder
 ISBN4-10-501902-3 初版:1996/05/15 翻訳:白石朗 新潮社
 (上)ISBN4-10-219321-9 初版:1999/06/01 翻訳:白石朗 新潮文庫
 (下)ISBN4-10-219322-7 初版:1999/06/01 翻訳:白石朗 新潮文庫
 夫は有能な刑事。しかし家庭では、妻を虐待する異常性格者だった。その暴力に14年間耐え続けた妻は、遂に家出をする。そして・・・・。残忍な狂気をバネに、夫の執拗な追跡が始まった!

 息をのむ、サイコ・サスペンス! サイコ・サスペンスの真ん中で、ダーク・ファンタジーの入口が、黒い穴をあけて待っている・・・・。

 ローズ・マダー(ROSE MADDER)は、赤紫色のこと。主人公ローズ・ダニエルズは、逃げた先の街で不思議な絵と出会う。神殿の廃虚を見下ろす女性の絵。彼女のまとっている服はローズ・マダー色だった。絵の裏にはROSE MADDERの文字。ローズはその絵を、買った・・・・。

 このままでは、殺される−−−ある朝、シーツについた小さな血の染みをみつけて、ローズはそう口にしていた。優秀な刑事の夫ノーマンも、家ではサディストの暴君。結婚後の14年間暴行を受け続けたローズは心身ともにもう限界だった。逃げだそう。あの人の手の届かないところへ−−−。だが、家出をした妻をノーマンが許すはずがない。残忍な狂気と妄執をバネに夫の執拗な追跡が始まった!

 逃げた先の街でローズが見つけた不思議な絵は、異世界への入口となった。描かれているのは神殿の廃虚を見下ろす女性の姿、彼女のまとう衣服は、ローズ・マダー(赤紫色)。ローズは絵の力を借りて、妄執にとり憑かれたノーマンと対決しようとするが・・・・・・。何がリアルで、何が非現実なのか?ホラーとサスペンスとファンタジーを巧みに融合させてあなたを未知の世界へと誘い込む!

 14年間もの間、優秀な警察官でサディストである夫、ノーマンに様々な暴行や虐待を加えられ続けていた妻、ローズ。この物語は全ての虐待を受けているローズの、全ての虐待を与えているノーマンからの現実と非現実(どちらも実は現実である。)での逃避行の物語である。前半はリアリティ溢れるサスペンス、後半はロマンス溢れるファンタジーとなる本作。取っ付きは若干物足りないが、物語が佳境に向かうに連れ本書は様相を一変してしまう。キング節全開である。

 ローズは前半のノーマンからの虐待に対しては、ポール・シェルダンの所謂ハーレクイン・ロマンスに逃避する。後半のビルとのハーレクインばりのロマンスが始まると、ファンタジー部分では気丈な一面を見せる。前半と後半の現実と非現実(しつこいがどちらも現実である。)が見事な対比になっているのが興味深い。

 本作の表記はローズ・サイドは明朝体、ノーマン・サイドはゴシック体で表記されており、物語は彼等のサイドを跳躍する際に時間的にも跳躍を行う。これは正に、キューブリック的である。(最近はタランティーノ的とも言う。)その際のノーマン自身の意識のジャンプが明確ではないような気がする。ノーマンの気づかないノーマンがノーマンのミスをカバーしているのだ。恐らく、ノーマンの多重人格的な表現であろうと考えるが、何とも明確な確信が持てない。若しかするとファンタジー的な手法なのかも知れないが。論理的なノーマンと衝動的なノーマン。論理的なノーマンは父であり、隻眼の雄牛でもある。クレタ等のミノタウロスである。ミスをする自分とその自分に助言をし、バックアップを行う自分。こういった関係は「ジェラルドのゲーム」にも感じられる。「ジェラルドのゲーム」では、手法上若干の問題を感じるが本作では素晴らしい効果を私達は感じることが出来る。

 ノーマンは "NO-MAN" なのだろうか。また私は、ローズ・マダーのマダーは "MURDER" だと思っていた。

 本作には、「暗黒の塔シリーズ」や「不眠症」(未訳)の登場人物や知名に関する言及がある。

 現実とファンタジーの融合(?)の感は「タリスマン」的な印象を受ける。1度しか読んでいないが「タリスマン」はファンタジーの大傑作であるような気がした。そのうち再読せねばなるまい。少年の冒険の旅には、危険と感動が一杯詰まっているのだ。

BLUE BUTTON グリーン・マイル 1 ふたりの少女の死
 The Green Mile(Vol.I)The Two Dead Girls
 ISBN4-10-219315-4 初版:1997/02/01 翻訳:白石朗 新潮文庫
 時は、1932年、舞台はアメリカ南部のコールド・マウンテン刑務所の死刑囚舎房。この刑務所で死刑囚が電気椅子にたどりつくまでに歩く通路は、床が緑のリノリウムであることから、通称「グリーン・マイル」と呼ばれている。ここで起こった驚くべき出来事とは?毎月1冊ずつ全6巻の分冊で刊行され、全米を熱狂させた超ベスト・セラー待望の第1巻!

 本書は、本国では、約90ページの安価なペーパーバック・オリジナルを毎月1冊刊行するという、全6冊の分冊形式で、1996年3月〜8月に発表されたものです。そのへんの事情は本書に寄せた前書きで詳しく語られていますので、参照して下さい。
 全6巻を全部購入すると、もれなく特製スクリーン・セイバーがもらえますが、多分次のサイトでダウンロードできるものと同じだと思います。 The Green Mile HOME PAGE
 第1巻なので、登場人物紹介とそれに伴うエピソードが語られています。何気ない描写の中に、この世界へ引き込むべき罠がたくさんしかけてあります。次の発売日が待ち遠しい1冊です。
BLUE BUTTON グリーン・マイル 2 死刑囚と鼠
 The Green Mile(Vol.II)The Mouse on the Mile
 ISBN4-10-219316-2 初版:1997/03/01 翻訳:白石朗 新潮文庫

 死刑囚舎房の夏は、インディアン系囚人の処刑で始まった。その頃「グリーン・マイル」には不思議な鼠があらわれた。食べ物をやると神妙な態度で床にちょこんと座って食べ、糸巻きを相手にサーカスさながらの芸当をやる、驚くほど知性的な鼠だった。6人の人間を生きながら焼き殺した囚人ドラクロアが、この鼠の飼い主となったのだが。最悪の地獄がいま、始まろうとしていた。

 おいおい、なんてとこで終わるんだ、待ちきれないぞ。という訳で第2巻でもはや佳境に入ってきました。ついでに、クリフハンガーで終わってます。しつこいけど1ヶ月待てないぞ。難点は1冊1冊が短すぎるって点ですね。
BLUE BUTTON グリーン・マイル 3 コーフィの手
 The Green Mile(Vol.III)Coffey's Hands
 ISBN4-10-219317-0 初版:1997/03/30 翻訳:白石朗 新潮文庫

 妊婦ら4人を殺害した凶悪粗暴な男ウォートンは死刑囚舎房にやってくるなり看守のひとりを殺しかけた。看守主任のポールは、その日持病の尿路感染症が悪化し、激痛に苦しんでいたのだが、なんとか騒ぎを鎮めた。その後、いつもおとなしい大男の死刑囚コーフィが、なぜか懇願するようにポールを独居舎房に呼び入れ、下腹部に手を触れてきた。そして次の瞬間、奇跡が起きた。

 またまた、なんてところで終わるんだ。という訳で第3巻です。どうやら導入部も終わったらしく、核心に触れはじめたようです。コーフィの手の奇跡とは、ミスタージングルズは生き返るのか、コーフィは無罪なのか、メリンダの病気はどうなるのか、謎が謎を呼び、第4巻に期待。
BLUE BUTTON グリーン・マイル 4 ドラクロアの悲惨な死
 The Green Mile(Vol.IV)The Bad Death of Eduard Delacroix
 ISBN4-10-219318-9 初版:1997/05/01 翻訳:白石朗 新潮文庫

 雷鳴の轟く嵐の夜、賢い鼠の飼い主だった死刑囚ドラクロアの処刑が行われた。その陣頭指揮を取ったのは、彼を目の敵にしている残忍な性格の看守パーシー。電気椅子での死刑執行において、ある大切な手順を省くことで、パーシーは身の毛もよだつような醜悪なかたちで復讐を遂げることになったのだ。恐ろしく忌まわしい処刑のあと、ポールは危険きわまりない大勝負を考えついた。

 ドラクロアの悲惨な死を招いたのは、パーシーの悪意だった。その悪意の結果が、ポールにある決心をさせた。メリンダの脳腫瘍を治療し、ドラクロアの1件の贖罪を果たすのだ。そして、コーフィの無罪を確信した理由の「靴」とは?そして真犯人は誰だ?
 「どうしようもなかったんです。もとどおりにしようとしたんですけど・・・・・・手おくれだったんです。」
 物語の全貌が見え始め、第5巻への期待が高まります。涙を流すコーフィ、その涙の訳は?
BLUE BUTTON グリーン・マイル 5 夜の果てへの旅
 The Green Mile(Vol.V)Night Journey
 ISBN4-10-219319-7 初版:1997/06/01 翻訳:白石朗 新潮文庫

 死刑囚ジョン・コーフィは、少女殺しの犯人ではないかもしれない。それにコーフィには奇跡を起こす不思議な力がある。ドラクロアの鼠を生き返らせたのを目撃していた同僚の看守たちは、ポールの説明を信じた。そして脳腫瘍で死に瀕している刑務所長の妻を、コーフィに治療させるという計画を実行に移した。だが、その癒しの手が効力を表わした夜が、悪夢の始まりだったのだ。

 私の読んでいる小説は、一体何なんだろう。本当にキングの作品なんだろうか?瑞々しい語り口。爽やかな感動。浮かぶ映像。キング・ファンだけではなく、全ての、読書を趣味としている人たちに読んで欲しい作品である。内容についてはコメントしません。是非読んで下さい。

BLUE BUTTON グリーン・マイル 6 闇の彼方へ
 The Green Mile(Vol.VI)Coffey on the Mile
 ISBN4-10-219320-0 初版:1997/07/01 翻訳:白石朗 新潮文庫

 ジョージア州の老人ホームで余生を送るポールが、生涯のなかでもっもと忘れがたい1932年の出来事を回想しながら書いているこの物語も、そろそろ終わり−−−ジョン・コーフィの処刑が目前に迫った時、ポールは恐るべき真実を知った。そして・・・。死刑囚舎房で繰り広げられた恐怖と救いと癒しの物語もいよいよ完結。分冊形式ならではの幾重にも張られた伏線と構成が導く感動の最終巻。

 「おれも、自慢できないようなことをあれこれやってきたがね、自分が地獄に落とされるかもしれないという危機感を感じるのは、これがはじめてだよ」
 「それはどういう意味だ?」
 「おれたちは、神の贈り物を殺そうとしているってことさ。それもおれたちに害をおよぼしたためしのない男、いや、ほかのだれにだって害ひとつおよぼさなかった男をね。もしおれが死んで、主なる全知全能の神さまの前に引きだされ、神さまからなぜそんなことをしたのかと質問されたら、いったいどう答えればいい?自分の仕事だったからと答えればいいのか?仕事だったから、と?」

 60年にも及ぶ、ポール・エッジコムの苦悩の全てが今明かされた。果たして、彼の苦悩は癒されたのだろうか、それとも、ジョン・コーフィのように、自分のあまりにも長いグリーン・マイルを通り過ぎるまで、癒される事はないのだろうか。
 J・Cの苦悩が今蘇る。ポールは、ユダか?ロンギヌスか?
 「読め!」

BLUE BUTTON ジェラルドのゲーム
 GERALD'S GAME
 ISBN4-16-317230-0 初版:1997/10/01 翻訳:二宮 馨 文藝春秋
 ISBN4-16-766117-9 初版:2002/09/10 翻訳:二宮 馨 文春文庫

 皮を刻み、肉を削ってでも、抜け出したい、この手錠から、あの日食の午さがりから。

 季節はずれの山中の別荘。妻を緊縛してセックス遊戯にふけるはずだったジェラルドは急死、床に転がっている。 バンザイの格好で両手をベッドポストにつながれたまま取り残されたジェシーを、渇き、寒さ、妄想が襲う。 そしてさまざまな「声」が彼女の思考に入りこんで・・・・・・。ホラーの帝王・キングが描きだす究極の拘禁状態の恐怖!

 季節外れの別荘での、夫との手錠プレイの最中に夫が心臓発作で急死してしまった、妻は、生き延びるために手錠から脱出しなければいけない。という設定の、スーパーナチュラルな要素が、結果的に全くない、ホラーである。本編のほぼ大半を構成する、限られたスペースでの、表現は非常に効果的で、臨場感があり、感情移入がしやすい。しかし、ラストの部分は、私たち読者を現実に確実に引き戻してしまい、興ざめな印象をぬぐいきれない。
 また、手が膝あたりまである男が登場するくだりでは、完全に表現が「この男は、スーパーナチュラルですよ」といいながら、ラストの「落ち」で、実在の出来事だと納得させようとしている。言ってみれば、ご都合主義的なラストであり、ただの謎解きになってしまっている。ただ、そう言っても、登場人物の限られた(実際は、ほぼジェシーひとりである。)中での、ジェシーの内面との会話は、見事である。ただ、手錠からの脱出に関するヒントを与える部分等(ジェシーに行動を示唆する部分)もご都合主義的であり、神の、作者の意志が過剰に伝わり、興ざめの印象を与えてしまう。
 やはり、しつこいようではあるが、前半部(手錠から脱出し、ベンツの中で失神するまで)と、ラストの乖離が否めないのは、誰もが感じる感想であろう。
 それにしても、手錠から脱出をはかる部分の描写は凄まじく、血に弱い私は、貧血を起こしそうな位の印象を受けました。読み続けると心臓が機能しなくなってしまうかとも思いました。でも、頑張って読みましたけど。
BLUE BUTTON 暗黒の塔V 荒地
 The Dark Tower III:The Waste Lands
 翻訳:風間賢二 角川書店
 (上)ISBN4-04-278204-3 初版:1999/09/25 翻訳:風間 賢二 角川文庫
 (下)ISBN4-04-278205-1 初版:1999/09/25 翻訳:風間 賢二 角川文庫
 拳銃使いローランドは、新しい二人の仲間、車椅子のスザンナと麻薬の運び屋だったエディとともに暗黒の塔への旅を続ける。だがローランドは精神を病み始めていた。「死んでもまた別の世界があるからね」と言い残して死んでいった少年ジェイクと、現実社会のニューヨークで生きている少年ジェイクという二つの矛盾する記憶に引き裂かれているのだ。一方、ジェイクはローランドに出合うべく中間世界への扉に向かっていくが・・・・。巨大カルト・ファンタジー「暗黒の塔」シリーズ、緊迫の第三弾!

 扉を通じて中間世界のローランドたちに合流したジェイク。四人となった一行は遠くから鳴り響く奇妙なドラムの音を聞きながら、さらに荒地を進んでいく。途中、小さな村で「ラド」の街にある「モノレール」の存在を聞いた一行は街へと道を急ぐ。しかし街を目前にしてジェイクが何者かにさらわれてしまった!迷宮のような街の地下深く、チクタク・マンと呼ばれる男にとらわれたジェイクの救出に向かうローランドを待ち受けていたのは・・・・。緻密な構成と圧倒的な仕掛けで展開する、帝王のライフワーク!

 「暗黒の塔」シリーズ第三弾である。翻訳は日本におけるキング・フリークの第一人者 風間 賢二。物語は佳境に入り、俄然面白くなっていく。物語はスピード感を増し、疾風怒濤突き進む。

 今回特筆すべきはニューヨークのジェイクの放浪である。「タリスマン」を彷彿とさせるジェイクの孤高なクエストが今、物語に深みを与え、拍車をかける。進退極まるローランドとの対比が素晴らしいのだ。

 更に、チクタク・マンである。彼は非常に個性的でマニアックでいかれている。魅力溢れる素晴らしいキャラクターである。今後の活躍に乞ご期待なのである。

 そして何と言ってもブレインだ。今回最高のセリフは当のブレインが吐いた。

 「策を練るがよい、流浪の旅人たちよ!私を謎かけで悩ませてみろ。さあ、競技会の始まりだ」

 なんと素晴らしい言葉であろう。これは「旅の仲間」なのである。"Fellowship"なのである。「カ・テット」なのである。「中つ国」なのである。ああ、何て、なんて、何て楽しいのだろう。頑張ってくれたまえ「カ・テット」の仲間たちよ。
BLUE BUTTON デスペレーション
 DESPERATION
 ISBN4-10-501903-1 初版:1998/03/30 翻訳:山田 順子 新潮社
 (上) ISBN4-10-219323-5 初版:2000/12/01 翻訳:山田 順子 新潮文庫
 (下) ISBN4-10-219324-3 初版:2000/12/01 翻訳:山田 順子 新潮文庫

 ネヴァダ州の砂漠にある寂れた鉱山町。太古の昔に鉱山の地底深く封じ込められた正体不明の何かが、静かに息を吹き返した・・・。人々を次々に拉致する謎の警官。そして容赦ない殺戮。神に触れ力を授かった少年と落ちぶれつつある作家が脱出と救済の鍵を握る。神と人生の問題にまで分け入る渾身の力作。そして物語は、同時刊行リチャード・バックマン「レギュレイターズ」へ・・・。

 ネヴァダ州の砂漠を突っきるハイウェイ50。一人の警官が、通りがかる人々を次々と拉致していた。彼らが幽閉されたのは、デスペレーションという名の寂れた鉱山町。しかも、町の住民はこの警官の手で皆殺しにされていた。妹を目前で殺された少年デヴィッドは、神への祈りを武器に、囚われの人々を救おうとするが・・・・・・善と悪、生命と愛という荘厳なテーマに挑む、キング畢生の大作。

 警官の魔手を逃れた生存者たちは、荒れ果てた映画館で息をひそめていた。作家マリンヴィルは、一行を導く少年の持つ神がかりの能力に気づき、この一件に人知を超えた力が及んでいることを知る。さらに、多くの鉱夫を生き埋めにした落盤事故が過去に起きたことが判明。警官を狂気に追い込んだのは、犠牲者の怨念なのか? かくして、殺戮を繰り返す悪の小隊が、ついに明かされる!

 本書はリチャード・バックマン名義の「レギュレーターズ」と対をなす構成を持った不思議な小説である。
 物語は「アメリカでもっとも寂しいハイウェイ」と言われるハイウェイ50を通りかかった人々が、ある警官に捕えられ、ぬれぎぬといっても良い罪状で、絶望という名の町の留置所に拘留されるところから始まる。その拘留された一種のパーティ、−−カ・テットとも呼べる−−が留置所から脱出をはかり、町を被う古の悪と対峙する。という物語である。
 町に巣食う悪は、ラブクラフト的クトゥルフ系の印象を与え、−−「ペット・セマタリー」のような邪悪さとも言える−−、対する善は、お祈り坊やと老練な作家。そしてそのカ・テット達。悪に対峙するのはキング独特の「信じる力」。但し、興味深いのは、従来のキングならば、「信じる力」さえあれば、力のより所である信仰などは、全く不必要なのであったのだが、本書では旧約聖書的な神を「信じる力」の拠り所としている。これは恐らく、少年だけが力を信じるだけではなく、大人たちも同時に信じる必要があったための苦肉の策なのかもしれない。少年は、力を信じる事に理由はいらないのだが、大人はその力を信じるためには、どうしても理由が必要なのである。
 従って、本書は一見すると宗教的側面を取り沙汰される事が多いようだが、物語の本質は、人が言うほど宗教的傾倒は存在しないのかも知れない。また、本書では「神は残酷だ」という表現が散見されるが、物語が表現しているのは、決して「神は残酷」である。という訳ではない。
 物語の構成上、全てが予定調和的な印象は否定出来ない。全てが、神の定めたものなのだろう。警官の行為も神の計画の一部なのだ。
 マリンヴィルの描写に出てくるバーニー・ライトソンとは、「クリープショー」のコミックブックを描いた人です。「ザ・スタンド」のイラストもね。
BLUE BUTTON レギュレーターズ
 THE REGULATORS
 初版:1998/03/30 翻訳:山田 順子 新潮社

 

The Art of STEPHEN KING

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