「いかしたバンドのいる街で ナイトメアズ&ドリームスケープスI」 "NIGHTMARES & DREAMSCAPES"
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COVER
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「いかしたバンドのいる街で ナイトメアズ&ドリームスケープスI」
文藝春秋
翻訳:永井 淳 他
装画:藤田 新策
初版:2000/02/10
ISBN4-16-318980-7
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INTRODUCTION
覚悟はよろしいですか?
ページを開けば最後、恐怖の帝王謹製、11発の恐怖番弾による絨毯爆弾が開始されます。
逃げ場はご用意しておりません。
大短編集「ナイトメアズ&ドリームスケープス」、前半戦の開始です。
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REVIEW
スティーヴン・キングの3冊目の短編集 "NIGHTMARES & DREAMSCAPES(1993)" の翻訳の第一冊目である。
収録作品は「ドランのキャデラック」「争いが終るとき」「幼子よ、われに来たれ」「ナイト・フライヤー」
「ポプシー」「丘の上の屋敷」「チャタリー・ティース」「献示」「動く指」「スニーカー」「いかしたバンドのいる街で」の
11作品で、その他にキングの「序 神話、信じること、信念、そして『リプリーの信じようと信じまいと!』」
というタイトルの序文が収録されている。
「序 神話、信じること、信念、そして『リプリーの信じようと信じまいと!』」では、キングの作品
に頻繁に描かれている「信じる力」と「信じる力が生む力」についての、キング自身の過去の経験や、それに伴い信念となっている事へ
の言及が非常に楽しい。キングは、インタビューや序文等で雄弁に自身についてや、自作についてかたっているが、作品を理解する上で、
こういった序文があることは、非常にありがたいものである。
「ドランのキャデラック」は、エドガー・アラン・ポーの「アモンティリャアド
の樽」へのオマージュになっている。ドランがアモンティリャアドで、キャデラックが樽なのである。目的を持ち、それを達成す
るためには、非常に多くの力と努力そして運が必要なのであろう。短編集の性格付けを司る一つ目の作品としては、若干ものたりないよ
うな気もするが、最初からトップギアで飛ばす勢いが感じられる良い作品である。
「争いが終るとき」は、オーソン・スコット・カードの「エンダーのゲーム」
「死者の代弁者」「ジェノサイド」やダニエル・キースの「アルジャーノンに花束を」を彷彿と
させる非常に感動的な作品である。天才の悲哀と絶望が感じられる。
「幼子よ、われに来たれ」は、「チャイルド」「光る目」「スペースインベ
ーダー」等の映画を思い出す。真実を知った者、あるいは真実を知ったと思っている者の勇気と決断の物語である。
「ナイト・フライヤー」は「事件記者コルチャック」のノリである。
因みに鏡のシークエンスが秀逸である。また、この作品は映画化されている。
「ポプシー」は、小品ながら良い感じである。アン・ライスの「ヴァンパイア
・クロニクルズ」シリーズや、「ラムジー」の仔羊と牧羊犬のような印象を受ける。現代の文明
や技術に迎合し、生き残る闇の存在が嬉しくも悲しい。また、この作品はコミック化されている。
「丘の上の屋敷」は何とも形容し難く、理解し難い。
「チャタリー・ティース」は、正に「悪夢と超現実的光景」という原題に相応しい作品だろう。チャタ
リー・ティースの実在を受け入れてしまうところが何とも興味深い。
「献示」は輪廻転生やタイム・パラドックスもののような感動をおぼえる。但し、非常に嫌悪感をおぼ
える表現が出て来る。
「動く指」もまた「悪夢と超現実的光景」という原題に相応しい作品だろう。これは果たして悪夢なの
か現実なのか非常に気になるのである。また、この作品はテレビムービー化されている。
「スニーカー」は、死者の告発の物語である。「ナイト・フライヤー」
もそうであるが、トイレでのシークエンスが秀逸である。勿論「動く指」もそうですが。
表題作「いかしたバンドのいる街で」は、本作でも語られているとおり、
「トワイライト・ゾーン」の1エピソードのようである。果たしてこれは、天国なのか地獄なのか意見が分かれるところであろう
が、「カイロの紫のバラ」のような感動が味わえる。
クィーンファンのわたしとしては「ロンドンから先ほど到着したフレディ・マーキュリー」というセリフで十分な感動が味わえる。
何しろ「先ほど到着」なのである。
余談であるが、本作読後は、是非表紙カバーを見直していただきたい。
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