〈プラチナ・ファンタジイ〉は、ハヤカワ文庫FTから、シリーズ作品ではない、単独でいつまでも輝きを失なはない作品を出すといふ方針で始められたものだが、どういふ訳か、その叢書名が帯にしか書いてゐない。早川書房のホームページでも、わかりにくい。もしかして、早川書房は〈プラチナ・ファンタジイ〉であることを秘密にしておきたいのだらうか。といふわけで、誰でも判るやうに、以下に一覧を掲げることにした。

シャロン・シン『魔法使いとリリス』(中野善夫訳・2003年12月) Amazon/bk1/楽天ブックス
私が訳した本だ。アメリカ・ファンタジイ界の俊英シンのデビュー長篇。愛と魔法に満ちた、哀切なるファンタジイ。〈プラチナ・ファンタジイ〉の第一弾にふさはしい作品だ(と思ふ)。
原書が出た1995年から、ずっと訳したい出したいと云ってゐたのだが、知ってゐたハヤカワ文庫FTの担当編集者は辞めてしまふし、どんどん翻訳ファンタジイが出せない時代になって、もう諦めてゐた頃、〈ハリー・ポッター〉の本と映画、そして『指輪物語』の映画によって状況が大きく変はり、数年前には考へられなかったやうな企画が通るやうになったのである。何事も諦めてはいけませんね。

ブルース・スターリング『塵クジラの海』(小川隆訳・2004年1月) Amazon/bk1/楽天ブックス
宇宙版『白鯨』を思わせるストーリイ構造に、永遠に結ばれることのない“異星人同士の恋”という要素がミックスされた華麗で切ない物語。SFファンのみならずファンタジイ・ファンにも強くアピールするものといふわけで、〈プラチナ・ファンタジイ〉の一冊として刊行された。スターリングのデビュー作で、以降の作品とは作風が異なるやうに見え、誤解されるのではないかと恐れたのか、以前は翻訳を許してくれなかったさうだ。いま読めば、〈プラチナ・ファンタジイ〉にふさはしい傑作である。

ケリー・リンク『スペシャリストの帽子』(金子ゆき子・佐田千織訳・2004年2月)Amazon/bk1/楽天ブックス
ゴーストストーリイ、探偵小説、お伽噺など、アメリカ文学界最注目作家が軽妙なユーモアにのせて贈る、第一短篇集。世界幻想文学大賞受賞の表題作ほか、ネビュラ賞受賞の「ルイーズのゴースト」など、全11篇。アメリカ文学研究の第一人者、柴田元幸氏も大絶賛する才能が描き出す、新しい小説世界ださうだ。
ティプトリー記念賞を受賞した「雪の女王と旅して」は、以前私がSFマガジンでファンタジイ特集の作品を選んだときに入れたものなので、個人的な愛着もあったりする。当時から、その才能には注目してゐたが、どうやら私の追ひつけないところにまで進んでしまったのではないかと思ひ始めてゐるこの頃である。

ジェイムズ・P・ブレイロック『魔法の眼鏡』(中村融訳・2004年3月)Amazon/bk1/楽天ブックス
ブレイロック唯一の子供向けの作品だが、むしろ大人向けの内容だと思ふ。二人の少年が魔法の眼鏡を使って自分たちの部屋の窓から異世界へと入り込み、冒険が始まる。この本を読み始めれば、ドーナツを食べたくなるのは間違ひない。ミセス・バーロウのつやぴかのドーナツを齧りながら、月の光の下で『魔法の眼鏡』を読めば、自分も月の光にからまる梯子を登って行けるのではないか、ふと窓から外を見れば、まったく見慣れぬ世界が見えるのではないかといふ気がしてくる。しかし、食べ過ぎは体重の増加を招くので要注意かも。ちなみに、解説は私が書いています。

クリストファー・プリースト『奇術師』(古沢嘉通訳・2004年4月)Amazon/bk1/楽天ブックス
19世紀末から20世紀初頭にかけて、イギリスで活躍した二人の天才奇術師の確執を中心に、それが百年後の子孫にまで影響を及ぼしてゐることが明らかになると同時に、当時のできごとも明かされていく。凝った語りと錯綜した話の流れが、物語の要約を拒む(私の能力が足りないだけかも知れないが)。原題のThe Prestigeといふ意味は最後まで読むとよく納得できる(といふのは嘘で、この語の語源まで調べないと納得できないのだった。でも、解説に書いてあるから大丈夫だ)。双子・分身といふ存在が重要な意味を持つ作品だが、最新作The Separationも分身の話だといふ。こちらは舞台は第二次世界大戦。是非読みたいが、原書で読む元気はないので、邦訳が出ることを願ふ。1996年度世界幻想文学大賞受賞作。

グレアム・ジョイス『鎮魂歌』(浅倉久志訳・2004年5月)Amazon/bk1/楽天ブックス
英国幻想文学大賞受賞作。主人公は、高校教諭の職を辞めてエルサレムに向かったトム・ウェブスターである。妻のケイティーが死んでまだ日が浅い。昔の恋人シャロンに会ひにエルサレムに到着するのだが、彼女は留守だった。仕方なくみすぼらしい宿屋に部屋を借りると、そこには謎めいたユダヤ人の老人がゐた。彼は未発見の死海写本を所持してをり、イスラム、ユダヤ、キリストの各宗教界から狙はれてゐて、何十年も宿屋から出てゐないと云ふ。実物を見せてもらふが、トムには本物かどうかは全く解らない。エルサレムの街でトムは何度も謎めいた老婆の姿を見る。老婆は毎回トムに不可解なメッセージを残して姿を消す。トムは、マグダラのマリアが姿を現したのだと考へるやうになる。しかし、トムは正気の縁を越えようとしてゐる状態だった。妻が死んだ原因は自分にあると思ひ、自責の念にかられてゐたのである。その思いが強くなるあまり、現実の認識が困難になってきた。
現実と幻想の境界が次第に曖昧になり、見分けがつかなくなる。この現実と幻の錯綜は、ジョイスの他の作品でも共通して見られる特徴である。本書では、現実の揺らぎに、エルサレムといふ都の渾沌とした熱気が忘れられない強烈な印象を読者に残す。狂気の産物かも知れない存在と向き合ふうちに、主人公は恢復し、読者もまた癒される(かどうかは判らない)。

ジェフ・ヌーン『未来少女アリス』(風間賢二訳・2004年6月)Amazon/bk1/楽天ブックス
鸚鵡を追ひかけて大きな古時計の中に飛び込んだアリスは、時間を越えて、動物と人間の混血種が暮らす未来のマンチェスターへと出てしまふ……。自動人形の自分の分身に出会ったり、殺人事件の犯人にされたりしながら、ジグソーパズルの失はれたピースを回収しながら過去へと帰る道を探す。随所にちりばめられた言葉遊びがノンセンス感覚を高めてゐる。SFを読んでゐる気分を味はひながらも、間違ひなく『アリス』の続編として成り立ってゐる本書は、実は〈プラチナ・ファンタジイ〉に相応しいファンタジイなのだ。
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』(浅倉久志訳・2004年11月)Amazon/bk1/楽天ブックス
さて、ここから〈プラチナ・ファンタジイ〉第二期が始まる。
第一回配本のジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』(浅倉久志訳)のあと、隔月で続く筈である。本書は、キンタナ・ローの海とマヤ族の神秘がページの間に漂ふ傑作。ただ、ティプトリーといふとSFマニアのアイドルみたいな感じで、ここで気の利いたことの一つも云はねばならないやうなところがあって実は少々苦手だ。
クリストファー・プリースト『魔法』(古沢嘉通訳・2005年1月)Amazon/bk1/楽天ブックス
前に〈夢の文学館〉の一冊として出ていた本の再刊。
パトリシア・A・マキリップ『影のオンブリア』(井辻朱美訳・2005年3月)Amazon/bk1/楽天ブックス
巨大迷路のやうな城、時間が重層する都は楽しく心地よい。結末近くでは、世界の混沌が私の脳に影響を及ぼしたのかよく判らない部分もあるのだが、さういふ結末のつけ方は嫌ひではない。アメリカでは一年おきにきちんと新刊が出てゐるので、邦訳が久しぶりだといふのが意外に感じられる。もっと邦訳を出した方がいいと思ふ。
2003年世界幻想文学大賞受賞作。Mythopoeic賞といふのも受賞してゐる。